自分のバイク遍歴・その3 四方山話
今年一番の冷え込みと凍結での寒さに加え. インフルエンザが流行しております。
皆様方いかがお過ごしでしょうか?。寒さ対策に風邪対策を構じておいてください。
さてと前作の続きですね。TT250Aを購入する事によって.2ストのDT125は天竜川でのモトクロスごっこと近場林道用に使うことにし.TT250Aは遠くの林道への遠征用に使うことにする事によっての2台体制になりました。
91年のTT250Aでの信州ツーリングです。浜松市から国道を北上し県境を越えて長野県に入ります。
下の画像。長野県での途中の休憩で撮ったTT250Aの画像です。

画像を見て皆さんお気づきのことと思いますが.ハンドルの上げ角が上よりになってます。
今のTT−Rはハンドルの上げ角が低い戦闘的なポジションですが.このTT250Aはハンドルポジションからしてツアラー的な味付けとなってますね。
たしかにゆったりポジションで長距離ツーに向いておりました。
下の画像。信州の某牧場ですかね。「おお〜牧場は緑〜♪」なんちゃってね。

さらに信州の某林道から見た山景色です。下の画像。

コレも林道から見た牧場ですかな?。下の画像。思わず「やっほ〜♪」と叫んでしまいます。

下の画像。信州はけっこう山深いです。それだけ自然がたくさんあるのですよね。

今日のところはこの辺にしておきます。何せ冬場は林道が雪深いためツーにも出られず.慢性的なネタ不足ですので思い出話しか出来ない現状があります(T_T)。
次なる思い出話を期待しててくださいね(笑)。・・・・ってあまり期待されなかったりして・・・・(笑)。
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皆様方いかがお過ごしでしょうか?。寒さ対策に風邪対策を構じておいてください。
さてと前作の続きですね。TT250Aを購入する事によって.2ストのDT125は天竜川でのモトクロスごっこと近場林道用に使うことにし.TT250Aは遠くの林道への遠征用に使うことにする事によっての2台体制になりました。
91年のTT250Aでの信州ツーリングです。浜松市から国道を北上し県境を越えて長野県に入ります。
下の画像。長野県での途中の休憩で撮ったTT250Aの画像です。

画像を見て皆さんお気づきのことと思いますが.ハンドルの上げ角が上よりになってます。
今のTT−Rはハンドルの上げ角が低い戦闘的なポジションですが.このTT250Aはハンドルポジションからしてツアラー的な味付けとなってますね。
たしかにゆったりポジションで長距離ツーに向いておりました。
下の画像。信州の某牧場ですかね。「おお〜牧場は緑〜♪」なんちゃってね。

さらに信州の某林道から見た山景色です。下の画像。

コレも林道から見た牧場ですかな?。下の画像。思わず「やっほ〜♪」と叫んでしまいます。

下の画像。信州はけっこう山深いです。それだけ自然がたくさんあるのですよね。

今日のところはこの辺にしておきます。何せ冬場は林道が雪深いためツーにも出られず.慢性的なネタ不足ですので思い出話しか出来ない現状があります(T_T)。
次なる思い出話を期待しててくださいね(笑)。・・・・ってあまり期待されなかったりして・・・・(笑)。
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テーマ: バイク
自分のバイク遍歴・その2 四方山話
前回に続き自分のバイクの思い出話をしますね。
DT125(82年型)で天竜川で基礎トレーニングをしたら今度は林道デビュウーです♪。
デビュウーの舞台は「天竜スーパー林道」です。
それは静岡県西部にある全長約50Km以上もある南北を縦走する長い林道です。
今現在は全線舗装されているようです。まあ今はどうでも良いけど・・・・。
話を戻しましょう。その天竜スーパー林道での林道デビュウーにより.いよいよ林道ツーリングに病みつきになりましたね。
そしてバブル全盛期の1990年にはいよいよ静岡県外の林道へ進出です♪。
下の画像は何て名の林道だったのかは忘れてしもうた・・・。岐阜県の国道19号線から入ったとこの林道の入り口です。舗装路ですがこの先からダートが始まります。

画像が小さくて見づらいですが岐阜の名水「強清水(こわしみず)」の泉の看板です。飲んで見たがたしか少し苦い味がしたような気がします。この林道は岐阜県から長野県へ行ける林道です。
岐阜県側は舗装されてて側にはキャンプ場とかテニスコートがあったです。
でもテニスをするギャルの姿を見なかったのが残念この上ないです(笑)。
んでこの林道を進んで行くと下の画像。かなり高度を上げて行きます。海抜1000mクラス?。さてその実態は・・・・?。

言い忘れてましたがこの林道はかつては中央高速道“恵那山トンネル”を工事するときに.使用されてた作業用林道だったらしい・・・っと聴いたような気がします。
トンネルといえば下の画像。県境を越えた長野県側の林道のトンネルです。これの工事用?ってちゃうよね。

トンネルを抜けてダートを走って行きます。長野県側のダート林道はまだまだ続きます。下の画像。

また言い忘れてましたがこの標高の高い地域は5月の頭でも雪が降ります(笑)。林道のあちこちにも残雪がまだ残るようです。当然気温も寒いです。国道へ降りれば春の暖かさに戻ります。やはり海抜1000mクラスの標高ですかね?。
下の画像。そろそろ長野県の国道へ近づいてきた所で記念撮影。相棒のDT125も一緒に写ります。

なつかしのオープンフェイスのヘルメットですね。仮面ライダーに変身する本郷猛のレプリカ?。
この後もあちこちの林道を相棒のDT125と共に走りまくりました。
そして翌年の1991年に今度は4スト250ccのオフバイクに乗りたくてあちこちのバイク屋を物色してまわりました(笑)。
そして静岡県磐田市にある“赤い男爵”であるマシンを見つけました。その名は・・・・。
TT250Aです!。もちろん逆輸入車です!。
んでどんなマシンなのかは下の画像です。

早速またがって見ましたが・・・・・あ・・・足が・・・・・。
届かな〜い!(>_<)。
でもお尻を左へずらせば左足のつま先が地面に着くので.何とかなるんじゃないのかと思い買ってしまいました(←馬鹿・笑)。
商談成立したものの納車までずいぶんと待たされました。何せ逆輸入車ですので輸入証明書とかなんか用意しないといけないとか・・・・?。
やっとこさTT250Aが納車されました。早速慣らし運転開始です♪。またまた言い忘れてしまいましたがそのTT250Aの諸現表をアップします。シート高は920mmと高い。ほとんど1mの世界です!(笑)。ちなみに馬力とトルクがNAとなってます。体感的にはたぶん約28馬力ではないのかと思います。
下の画像。その諸現表です。小さくて見えない方は虫眼鏡で見てください。悪しからず・・・。

下の画像。早速慣らし運転です。・・・・が良く見るとバイクのシートに乗せられてるオッサンの図ですね(笑)。

ちなみにこのバイクを買ってわずか3日で・・・・
立ちゴケてしまいました!(爆笑)。
それもUターンをミスして路肩からミカン畑に突っ込んでしまってです(爆笑)。
あの頃は新車でわずか3日で立ちゴケテしまって泡を食っておりました。
でも20年過ぎた今となっては懐かしい思い出となってます。
今回はこの辺までにしておきます。続きはお楽しみにね♪。
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DT125(82年型)で天竜川で基礎トレーニングをしたら今度は林道デビュウーです♪。
デビュウーの舞台は「天竜スーパー林道」です。
それは静岡県西部にある全長約50Km以上もある南北を縦走する長い林道です。
今現在は全線舗装されているようです。まあ今はどうでも良いけど・・・・。
話を戻しましょう。その天竜スーパー林道での林道デビュウーにより.いよいよ林道ツーリングに病みつきになりましたね。
そしてバブル全盛期の1990年にはいよいよ静岡県外の林道へ進出です♪。
下の画像は何て名の林道だったのかは忘れてしもうた・・・。岐阜県の国道19号線から入ったとこの林道の入り口です。舗装路ですがこの先からダートが始まります。

画像が小さくて見づらいですが岐阜の名水「強清水(こわしみず)」の泉の看板です。飲んで見たがたしか少し苦い味がしたような気がします。この林道は岐阜県から長野県へ行ける林道です。
岐阜県側は舗装されてて側にはキャンプ場とかテニスコートがあったです。
でもテニスをするギャルの姿を見なかったのが残念この上ないです(笑)。
んでこの林道を進んで行くと下の画像。かなり高度を上げて行きます。海抜1000mクラス?。さてその実態は・・・・?。

言い忘れてましたがこの林道はかつては中央高速道“恵那山トンネル”を工事するときに.使用されてた作業用林道だったらしい・・・っと聴いたような気がします。
トンネルといえば下の画像。県境を越えた長野県側の林道のトンネルです。これの工事用?ってちゃうよね。

トンネルを抜けてダートを走って行きます。長野県側のダート林道はまだまだ続きます。下の画像。

また言い忘れてましたがこの標高の高い地域は5月の頭でも雪が降ります(笑)。林道のあちこちにも残雪がまだ残るようです。当然気温も寒いです。国道へ降りれば春の暖かさに戻ります。やはり海抜1000mクラスの標高ですかね?。
下の画像。そろそろ長野県の国道へ近づいてきた所で記念撮影。相棒のDT125も一緒に写ります。

なつかしのオープンフェイスのヘルメットですね。仮面ライダーに変身する本郷猛のレプリカ?。
この後もあちこちの林道を相棒のDT125と共に走りまくりました。
そして翌年の1991年に今度は4スト250ccのオフバイクに乗りたくてあちこちのバイク屋を物色してまわりました(笑)。
そして静岡県磐田市にある“赤い男爵”であるマシンを見つけました。その名は・・・・。
TT250Aです!。もちろん逆輸入車です!。
んでどんなマシンなのかは下の画像です。

早速またがって見ましたが・・・・・あ・・・足が・・・・・。
届かな〜い!(>_<)。
でもお尻を左へずらせば左足のつま先が地面に着くので.何とかなるんじゃないのかと思い買ってしまいました(←馬鹿・笑)。
商談成立したものの納車までずいぶんと待たされました。何せ逆輸入車ですので輸入証明書とかなんか用意しないといけないとか・・・・?。
やっとこさTT250Aが納車されました。早速慣らし運転開始です♪。またまた言い忘れてしまいましたがそのTT250Aの諸現表をアップします。シート高は920mmと高い。ほとんど1mの世界です!(笑)。ちなみに馬力とトルクがNAとなってます。体感的にはたぶん約28馬力ではないのかと思います。
下の画像。その諸現表です。小さくて見えない方は虫眼鏡で見てください。悪しからず・・・。

下の画像。早速慣らし運転です。・・・・が良く見るとバイクのシートに乗せられてるオッサンの図ですね(笑)。

ちなみにこのバイクを買ってわずか3日で・・・・
立ちゴケてしまいました!(爆笑)。
それもUターンをミスして路肩からミカン畑に突っ込んでしまってです(爆笑)。
あの頃は新車でわずか3日で立ちゴケテしまって泡を食っておりました。
でも20年過ぎた今となっては懐かしい思い出となってます。
今回はこの辺までにしておきます。続きはお楽しみにね♪。
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テーマ: バイク
自分のバイク遍歴・その1 四方山話
今年(2012年)が始まり早くも半月以上も経ちましたが. ネタが無くてブログの更新が滞っております(>_<)。
しょうが無いのでバイクの思い出話でもアップすることにしますね。
時は1988年春。自分は自衛隊を除隊して晴れて民間人になり普通の会社に就職した。
んでコレといって自分趣味というものが無くてとりあえずバイクに乗ることにする。・・・・でも当時は自動二輪の免許を持ってなかったので. YSR50を買って乗り回しておりました。
下の画像。たしか浜松市内から国道257号線を行った先の所で撮った画像です。

画像を見る限り自分の足が短いものでバイクがそんなに小さく写らないようですね(笑)。
そして翌年の1989年。平成の時代が始まった頃ですよね。この頃からオフロードバイクブームが始まりだした頃です。
当時自分は会社の先輩と一緒に“天竜川”のほとりへ出かけ.先輩のDT125に乗らせてもらった。
凸凹道をDT125はブレルことなくスイスイと走り抜けて行きます。
コレは面白い!
っとコレをきっかけにオフロードバイクに乗ることを決意することにした。
そいでもってドナドナする前にYSR50で岐阜県へ最後のツーリングに出かけた。
下の画像。岐阜県の国道257号線の某駐車場でのスナップです。

早速自動二輪の免許を取り.それまで乗ってたYSR50を下取りに出しDT125(82年型)を買う。
ホンとは88年型のモデルが欲しかったのですが金が無かったので.水冷の初期型でまだYPVSが付いてない82年モデルの中古車を買った。馬力はたしか16馬力だったかな?。リアースイングアームも鉄製でした。
下の画像。そのDT125(82年型)です。撮影はたしか89年の暮れだったかな?。

早速先輩とおそろいの(82年型)DT125でお出かけしました。
自分YSR50に乗ってる時の癖が残ってて.アクセルをかなり開けた状態で半クラッチを繋いだらお見事“ウイリー”しました(笑)。それも信号が青に変わっててですよ(笑)。
さらに走行時にアクセルを全開にしたら.体が後ろにもってかれそうな位の強烈な加速Gを初めて経験しました(笑)。当然目を回していました(笑)。
でも面白かった!
さらに1990年に入るとオンもオフもブームに白熱がさしてきました。
オンはカワサキが発売した“ゼファー400”がきっかけでネイキッドブームが始まり.オフはまたもカワサキのKDX200SRが全国のエンデューロレースで暴れてくれてました。
1990年当時。自分が通勤してたYAMAHAの下請け(楽器とオーディオ関係ですが)の会社で勤めてた.上司がKDX200SRで天竜川河川敷のエンデューロレースを楽しんでて.自分にも草レースに出て見ないか?っと誘われましたが自分はド素人でしたので丁重にお断りしました(笑)。
そして前社で知り合った先輩にオフロードバイクの乗り方を.天竜川河川敷のステージで教わることになります。
まずは“ヒルクライム”と“ヒルダウン”です。先輩が模範演技として“ヒルクライム”をやって見せます。でも自分は素人にして怖がりでしたので.まずは低い坂から慣れる様に練習します。そこから次に高い坂へチャレンジします。
まずは先輩がヒルクライムをやって見せます。次に自分がチャレンジしますが途中でスタックしてしまいました。先輩の手伝いでバックしてもう一度ヒルクライムにチャレンジします。
今度は勢いをつけての坂上りですが.勢いが良すぎてそのまま上った先の藪に突っ込んでしまい.身動きが取れなくなってしもうた(笑)。
先輩笑いながら自分のバイクのレスキュウーに来ます(笑)。
今思えばこの頃がすごく楽しかったです。今までに無かった新たな経験。そして転んでもなぜだか痛いのにかかわらず笑えるものがありました。
別に自分マゾなわけではなかったですが.オフロードバイクの面白さと難しさを味あわせてもらった。
今日の記事アップはこの辺にしますね。続きはお楽しみにね。
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しょうが無いのでバイクの思い出話でもアップすることにしますね。
時は1988年春。自分は自衛隊を除隊して晴れて民間人になり普通の会社に就職した。
んでコレといって自分趣味というものが無くてとりあえずバイクに乗ることにする。・・・・でも当時は自動二輪の免許を持ってなかったので. YSR50を買って乗り回しておりました。
下の画像。たしか浜松市内から国道257号線を行った先の所で撮った画像です。

画像を見る限り自分の足が短いものでバイクがそんなに小さく写らないようですね(笑)。
そして翌年の1989年。平成の時代が始まった頃ですよね。この頃からオフロードバイクブームが始まりだした頃です。
当時自分は会社の先輩と一緒に“天竜川”のほとりへ出かけ.先輩のDT125に乗らせてもらった。
凸凹道をDT125はブレルことなくスイスイと走り抜けて行きます。
コレは面白い!
っとコレをきっかけにオフロードバイクに乗ることを決意することにした。
そいでもってドナドナする前にYSR50で岐阜県へ最後のツーリングに出かけた。
下の画像。岐阜県の国道257号線の某駐車場でのスナップです。

早速自動二輪の免許を取り.それまで乗ってたYSR50を下取りに出しDT125(82年型)を買う。
ホンとは88年型のモデルが欲しかったのですが金が無かったので.水冷の初期型でまだYPVSが付いてない82年モデルの中古車を買った。馬力はたしか16馬力だったかな?。リアースイングアームも鉄製でした。
下の画像。そのDT125(82年型)です。撮影はたしか89年の暮れだったかな?。

早速先輩とおそろいの(82年型)DT125でお出かけしました。
自分YSR50に乗ってる時の癖が残ってて.アクセルをかなり開けた状態で半クラッチを繋いだらお見事“ウイリー”しました(笑)。それも信号が青に変わっててですよ(笑)。
さらに走行時にアクセルを全開にしたら.体が後ろにもってかれそうな位の強烈な加速Gを初めて経験しました(笑)。当然目を回していました(笑)。
でも面白かった!
さらに1990年に入るとオンもオフもブームに白熱がさしてきました。
オンはカワサキが発売した“ゼファー400”がきっかけでネイキッドブームが始まり.オフはまたもカワサキのKDX200SRが全国のエンデューロレースで暴れてくれてました。
1990年当時。自分が通勤してたYAMAHAの下請け(楽器とオーディオ関係ですが)の会社で勤めてた.上司がKDX200SRで天竜川河川敷のエンデューロレースを楽しんでて.自分にも草レースに出て見ないか?っと誘われましたが自分はド素人でしたので丁重にお断りしました(笑)。
そして前社で知り合った先輩にオフロードバイクの乗り方を.天竜川河川敷のステージで教わることになります。
まずは“ヒルクライム”と“ヒルダウン”です。先輩が模範演技として“ヒルクライム”をやって見せます。でも自分は素人にして怖がりでしたので.まずは低い坂から慣れる様に練習します。そこから次に高い坂へチャレンジします。
まずは先輩がヒルクライムをやって見せます。次に自分がチャレンジしますが途中でスタックしてしまいました。先輩の手伝いでバックしてもう一度ヒルクライムにチャレンジします。
今度は勢いをつけての坂上りですが.勢いが良すぎてそのまま上った先の藪に突っ込んでしまい.身動きが取れなくなってしもうた(笑)。
先輩笑いながら自分のバイクのレスキュウーに来ます(笑)。
今思えばこの頃がすごく楽しかったです。今までに無かった新たな経験。そして転んでもなぜだか痛いのにかかわらず笑えるものがありました。
別に自分マゾなわけではなかったですが.オフロードバイクの面白さと難しさを味あわせてもらった。
今日の記事アップはこの辺にしますね。続きはお楽しみにね。
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テーマ: バイク