2012/3/20

うつくしき人びと  

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昨日は、夜中に発生した突然の痛みが、朝、激痛となり、歩けなくなった。
この痛み、このフィーリング、・・・
2年半前に、段差のある道路で、よろっ、ぐにゃっとよろめいて、自分の足の小指に自分が乗っかって経験した、
骨折の様子が蘇り、骨折したんだと確信を持った。

で、あわてて、早朝、まず、仕事先の夫に「松葉杖、または、杖の用意をお願いします」とメールした。
(知人に松葉杖屋さんがいる)
次に、東京の上娘に、
「骨折したみたいなので、2週間後の東京で催される大事な会までに治らないかも知れない」とメールした。

そして、レントゲンを撮ってもらい・・・

あれ??
あんまり痛くなくなってる・・・??

なんの変化もない、健康そのものの骨の写真を見せてもらい、
言葉を失った。

しかたないので、無香性のシップをもらい、すごすごと引き上げた。

ま、いいじゃないですか。
あれほど痛かったものが、治ってるってことは、嬉しい、喜ばしいことじゃないですか。

これで、また、今後、わたしが、大騒ぎしても、まわりは、オオカミ少年としてしか、わたしを見てくれないだろう。

それにしても、事故発生(午後4時、生足をグギっと鋭利に踏んづけられる)から、
痛み発生(翌朝、未明)のあのタイムラグはなんだろう?

とりあえず、ドクターに聞いてみたら、先生も首をかしげていた。

無香性のシップを前に、わたしは複雑な喜びをかみ締めている。




と、ここで、話がまるで変わるのだが・・・
足を踏まれたアクシデント付きの、一昨日のダンスパーティで感じたこと・・・

お年寄りでも美しい男性って、いるんですね。
お年寄りの年齢にもよるけれど、100歳ってことはないのだが、
年の頃なら、見た目・・・うーーん・・・70歳ぐらい?

いまでは、70歳では、お年寄りとは言わないだろう。
とても若く見えるので、67歳ぐらいかもしれないが、実年齢を知らないので、
若く見えるといっても、検証できないから、意味がないのだが。

顔の細かいシワから想定した年齢が、70歳。
でも、表情や雰囲気とか動き、姿勢、言語行動は、若い。
そして、ステキなのだ。
持って生まれた美しい顔。これが、あの年齢まで維持できていることが不思議。
というのは、わたしは、年齢の高い美しい男性というものを知らない。
味わいや哀愁、深み、重みはあっても、見た目の美しさ、というものは、さすがにない。

美しさというものは衰える。それは、盛者必衰の理。
美を売り物にする大女優は、敵は、外にいるのではなく、過去の栄光、ピーク時の自分だったりする。
夏木マリは、その点、とても美しく年をとったと感心して、毎朝NHKの「カーネーション」を見ている。

まあ、女性に関しては、世の中も、男性も、女性自身も、美しさには敏感で、こだわり続けるものだ。
だが、男性に関しては、オトコは見かけなんかじゃない、
ジャニーズジュニア系の、中身の薄い、年かさがいった姿は見るも哀れ、
なんていうかんじで、外見を重要視どころか、むしろ否定する方向でさえある。
(女性もその傾向ありだが、女性はある程度、美が衰えることを自覚しているので、
防備したり、開き直って、別の生き物になったりする)

わたしもそう思っていた。

(時折、ダンスウエアを買いに行く店で、大嫌いな店員がいる。
元、ジャニーズ系ルックスで若い時からモテモテ、30代ではさらに年上にモテモテだっただろう、
40代以降も、そのままのノリで、まだモテモテと勘違いしている、
年上女性には無条件で可愛がられると思い込み、わざとらしく、ぶりっ子で、アホっぽい、
ものすごくイタい男性ショップ店員。
わたしは、そのホストみたいな店員さんがいると、背筋がぞぞっと寒くなって、そそくさと早々に店を出る傾向にある。
アホで、でも勘違いしていて、年、くってる人って、見るに耐えない)


ところが・・・ところが、だ・・・

背もそう高くない、体格に恵まれているとは決していえない、そういう、地味めなご年配。
が、じつに美しい方がおられる。
それも、一人ではない。
最近、何人か、お目にかかった。
ノーメークなのに、顔が美しい。なんのまじりっけもない、透明感があるキレイな真っ白い肌。
もう一人の方は、ダンスに力が入り、うっすら上気してピンクがかった顔。
そして、表情が素晴らしい。とても魅力的で、品があって、好感度、スペシャル大。

別の人で、63歳ぐらい?身長172センチぐらいの人で、ボリュームの多いヘアスタイルが印象的な男性がいた。
その方も、また、どこがどう、と表現しにくいが、とてもいいかんじだった。
あとで、よおく考えてみると、顔の表情、接し方、態度に、えも言われぬ人間性のあたたかさ、大きさ、品を感じた。
あんな男性を連れていると、お相手のペア女性まで株が上がるというものだ。
ほんの一瞬、袖すりあう縁なのに、大嫌いな印象の人と、逆に、とてもいい印象の人がいる。
その中間の人が最も多い。

男性が、若く美しい女性を連れていると、羨望の的、お金や権力、オトコらしさの象徴なんて言われたけれど、
女性が、ステキな男性を連れていると、その女性の持ち点数がぐっと底上げされ、ポイントアップ。評価が上がる。
男性は、点数稼ぎの道具でも、アクセサリーでもなんでもないのは、百も承知だが、男性も女性に選ばれるし、
女性も、ステキな男性に認められるには、それにふさわしくなるために、自分も切磋琢磨しなければならない。


行動心理学によると、人間の行動には、必ず、心理が働く、とのことだ。
なにかしらの思いがあって、行動に出る。
かんじいい人と、かんじわるい人は、その、心理の違いが行動に現れていると思う。
表情、顔つき、言葉遣い、態度、しぐさ、
そういう、あまり深く感情に左右されないで、キャリアの積み重ねで自然に出るものと
会話内容、踊り方、進め方といった、アタマで考えた結果、出る行動とがある。
そこに、好き嫌いといった感情やフィーリングの一致、不一致が加味され、行動にまたひとつ、違った分野の要素が加わる。

「オジイチャン」というと、意固地に凝り固まった、枯れ木寸前の、ポキンと折れそうなイメージが、わたしにはあった。
ちょっと、その意識は、変わったかもしれない。
オジイチャンにも、思わず見とれてしまうような美しい、品のある、
そして、どきっとするセクシーな方もおられるということだ。
これは、びっくりだった。
スローキぺディア(=造語: スローのウィキペディア)を書き換えなくてはいけない。

わたしが想像するには、人生のある時点で、
こだわりや執着や苦しみのあと、ランナーズハイみたいに、ふっと軽くなった状態じゃないかと思う。
いつまでも、いくつになっても抜け出せない人は、老醜として姿に残るのではないかと。
これは、男性も女性も同じことが言える。

高齢で、やたら、べとべとギンギン厚化粧というもの、その老醜のひとつ。
薄い髪を気にしすぎるあまりの、ヘンなヘアスタイルもそう。
化粧をするな、オシャレをするな、とは、まったく思わない。
苦しみやピークを乗り越えたあとの、爽やかさのなかにも、美しさは必ずある。
そして、女性も男性も、いくつになっても、やはり、美しくありたい。

それは、介護の世界や、現実から見ると、ありえない机上の空論かも知れない。
が、夢のなかだけでなく、現実の世界にも、美しさは、あるところには、ある。
それを発見する目、気付く目が、あるかないかによって、美しさを見過ごしてしまうか、堪能できるか、
その違いはあるだろう。


ただしわたしは、美術鑑賞は趣味ではあるが、
美術工芸品やら、名骨董品やらを普段日常使標識いにはできないタイプ。
美しいものは、見て楽しむものであって、実用品とは別物と考える。
人も、おなじ。
美に魂を奪われるのは、美術品の世界だけにするのが身のため。
生身のもの(人間)や、変動するもの(金融商品)に、心奪われると、ろくなことがない。


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