2009/12/7

鈴木和雄の弁護士志望なサッカーブログ クイズ67  サッカー ブログ

鈴木和雄です。


さてさて、今日は誰の名言でしょう??


『僕はテレビゲームが好きでね。サッカーゲームはリラックスして楽しんでいるよ。

〜〜(中略)〜〜

ぜひ、ゲームを制作している人たちに僕のコメントを聞いて欲しい。そして、プログラムを変更してくれると嬉しいね』



▼鈴木和雄による語録へのコメント▼
恩師”モウリーニョから帝王学を学び、チェルシーに黄金期をもたらした彼の口から出た言葉。
「窮地に立たされたときこそ、チームメイトの支えになりたい」と語るキャプテンによって
母国イングランドを頂に導く日も近いのかもしれない。


▼鈴木和雄(!?)による主な情報▼
テクニックそのものは並外れたレベルにある訳ではないが、アフリカ大陸をルーツとする選手特有の高い身体能力を誇る。
ジャンプ力を生かしたヘディングも得意だが、彼の真骨頂はその優れた身体能力を生かした突破力にある。しなやかさと屈強さを兼ね備えたボディバランスの良さとスピードでDFを振り切りシュートまで持っていく形を最も得意としている。
また、相手DFを背負っている状態から、相手を抑えながらの振り向きざまのシュートは脅威である。

元々シュート力は破壊力抜群だったが精度に問題を抱え、とんでもなく難易度の高いシュートを決めたかと思えば、蹴り込むだけでゴールになるようなチャンスをフイにしてしまうことが度々あった。
しかし近年は改善が見られ、2006-2007シーズンではプレミアリーグ得点王に輝いた。中でも2006年9月17日のリヴァプール戦、同年12月18日のエヴァートン戦など数々の試合でアクロバティックなスーパーゴールを決めており、
その多くが決勝点となっていることからメディアやファンからの評価も非常に高い。

基本的にセンターフォワードの位置でプレーする事が多いが、得点を奪うプレーだけではなく相手DFの執拗なマークと戦いながらのポストワークや前線からの精力的な守備も惜しみなくこなし、
相手のセットプレー時には最終ラインまで戻っての守備もする。ポジションの関係上被ファウルも多いが、自らがファウルを犯す事も多い辺りに彼の献身的な一面が窺える。

またフリーキックを蹴るなど器用な一面もあり、そのキックはボールに対して真っ直ぐ蹴るのにも関わらず、ボールは曲がりながら落ちるというキーパーにとっては手ごわい軌道を描きゴールを奪っている。

■基本情報
・国籍:コートジボワール
・生年月日:1978年3月11日(31歳)
・出身地:アビジャン
・身長:189cm
・体重:91kg

■選手情報
・在籍チーム:チェルシー(イングランド)
・ポジション:FW
・背番号:11
・利き足:右足

【クラブチーム】
年 クラブ App (G)
・1998-2002:ル・マン(フランス) / 64 (12)
・2002-2003:ギャンガン(フランス) / 45 (20)
・2003-2004:マルセイユ(フランス) / 35 (19)
・2004-:チェルシー(イングランド) / 138 (58)

【代表歴】
・2002- :コートジボワール / 60 (41)

■獲得タイトル

[クラブ]
・プレミアリーグ 2004 - 05, 2005 - 06
・FAカップ 2007, 2009
・フットボールリーグカップ 2005, 2007
・コミュニティーシールド 2005, 2009

[個人]
・フランスリーグ年間最優秀選手賞 2003 - 04
・プレミアリーグ得点王 2006 - 07
・アフリカ年間最優秀選手賞 2006
・オンズ・ド・ブロンズ 2007

■ヒント
・本名:Didier Yves Drogba Tebily
・愛称:ティト
(From Wiki)



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2009/12/4

鈴木和雄の弁護士志望なサッカーブログ クイズ66  サッカー ブログ


ZZZ

鈴木和雄です。

さてさて、今日は誰の名言でしょう??

『彼を非難するような選手は、チェルシーには一人もいない。』

▼鈴木和雄による語録へのコメント▼
恩師”モウリーニョから帝王学を学び、チェルシーに黄金期をもたらした彼の口から出た言葉。
「窮地に立たされたときこそ、チームメイトの支えになりたい」と語るキャプテンによって
母国イングランドを頂に導く日も近いのかもしれない。


▼鈴木和雄(!?)による主な情報▼
殆ど怪我をしない丈夫な身体で、また心臓が普通の人より一回り大きい為スタミナの強さは誰もが認める武器である。
ディフェンス力に加え、センターハーフとしての高い状況判断能力と非凡な展開力が持ち味である。また周りを生かすプレーだけでなく、
自ら積極的にゴール前に進出しフィニッシュまで持っていく事もできる。身体を活かしたヘディング、力強く正確なシュート、
ドリブルも上手くゴール前での存在感はFWも顔負けである。
クラブではFKからも多くの得点を上げており、枠内に蹴り込まれる無回転のミドルシュートは強烈である。PKにも自信を持ち、吹かす事は、ほとんどなくプレッシャーのかかる場面でも確実に決めている。
代表では2006 FIFAワールドカップ予選からここ一番でのPK失敗が目立っていたベッカムに代わり、PKキッカーを務めている。


■基本情報
・国籍:イングランド
・生年月日:1978年6月20日(31歳)
・出身地:ロンフォード(ロンドン)
・身長:183cm
・体重:90kg

■選手情報
・在籍チーム:チェルシー(イングランド)
・ポジション:MF
・背番号:8
・利き足:右足

■所属チーム

【クラブチーム】
*ユース
・1994年-1995年:ウェストハム・ユナイテッド(イングランド)

*シニア
・1994年-2001年:ウェストハム・ユナイテッド(イングランド)
→1995年-1996年:スウォンジ・シティ (loan)(イングランド)
・2001年-現在:チェルシー(イングランド)

【代表歴】
・1999? :74 (20)

■獲得タイトル
・UEFAインタートトカップ(1998)
・プレミアリーグ(2004 - 2005, 2005 - 2006)
・コミュニティーシールド(2005,2009)
・フットボールリーグカップ(2005,2007)
・FAカップ(2007,2009)

■ヒント
・本名:フランク・ジェームズ・ランパード・ジュニア
・愛称:鉄人、ランプス
・ラテン文字:Frank Lampard
(From Wiki)



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2009/12/3

鈴木和雄の弁護士志望なサッカーブログ クイズ65  サッカー ブログ

鈴木和雄です。
本日はいかがお過ごしでしょうか?
鈴木和雄は最近、夢をまったく見ませんが、皆さんはどうでしょうか!?


さてさて、今日は誰の名言でしょう??


「監督から学んだのは、恐れず自分を表現するということ。

キャプテンに指名されたとき、『反論するのを恐れるな。

選手の前で私とやり合え。それがキャプテンの仕事だ。

選手が間違っていても、彼らの側に立つのがお前の役目。

彼らはチームメイトなんだ』と言われたんだ。

それから何度かやり合ったよ。ジョゼはホントに口論が好きなんだ!」



▼鈴木和雄による語録へのコメント▼
恩師”モウリーニョから帝王学を学び、チェルシーに黄金期をもたらした彼の口から出た言葉。
「窮地に立たされたときこそ、チームメイトの支えになりたい」と語るキャプテンによって
母国イングランドを頂に導く日も近いのかもしれない。


▼鈴木和雄(!?)による主な情報▼
少年時代からチェルシーFCのアカデミー(下部組織)に所属する。トップチームに昇格したての頃は同じポジションにマルセル・デサイーやフランク・ルブーフがいたため出場機会はほとんどなかったが、
ノッティンガム・フォレストへのレンタル移籍を経て2000-01シーズン、当時の監督だったクラウディオ・ラニエリに重用され出場機会が増加。
2003-04シーズンには衰えが隠せなくなったマルセル・デサイーに代わりディフェンスラインを統率した。

2004年にジョゼ・モウリーニョが監督に就任するとチームのキャプテンに指名される。モウリーニョがフランク・ランパードらイングランド人とともに主将テリーに託した
「率先してチームを引っ張ってほしい」という言葉通りに抜群のキャプテンシーを発揮。守っては、そのモウリーニョとともにやって来た新加入のディフェンダー・リカルド・カルヴァーリョとともにリーグ最小失点の堅陣を築いた。
ディフェンスだけには収まらず攻撃の場面では得意のヘディングでゴールを量産した。中でもUEFAチャンピオンズリーグの決勝トーナメント一回戦FCバルセロナ戦でのヘディングのゴールはチームを救う一撃となった。
尚、このシーズンで自身初となるUEFAチャンピオンズリーグ最優秀ディフェンダーに選出されている。

2006年10月14日のレディングFC戦では、GKのペトル・ツェフが前半開始早々に相手MFスティーヴン・ハントのひざが頭に直撃し負傷退場となった上に、
代わりに出場した控えGKのカルロ・クディチーニも後半ロスタイムに相手DFと接触し負傷退場となってしまった。
この時、すでに交代枠を3人使いきっていたため、テリーがわずかな時間ながら代役GKとしてゴールマウスを守ることになり、
自らのポジションであったセンターバックはFWのドログバが入ることになった。

2006年末から2007年の2月にかけて、腰の手術のためにチームを離脱。モウリーニョ監督はその間パウロ・フェレイラやマイケル・エッシェンをセンターバックに起用していたが、
リヴァプールFCとのアウェー戦では0-2で完敗するなど守備の安定感を欠き、計らずともテリーの偉大さを証明する結果となった。
2月3日に行われたチャールトン・アスレティックとのアウェー戦で終了間際に交代でピッチに登場し、約一ヶ月ぶりの復帰を果たす。
次週のミドルスブラFCではスターティングメンバーに復帰し、以前と変わらぬ安定したプレーを見せた。
2007-2008シーズンのチャンピオンズリーグ決勝戦VSマンチェスター・ユナイテッドは両チーム譲らずPK戦に突入した。
マンチェスター・ユナイテッドで三番目のキッカーを務めたクリスティアーノ・ロナウドのキックをGKペトル・ツェフが止め、
決めれば優勝という状況で5番目のキッカーであったテリーに順番が回ってくる。しかし降りしきる雨によってぬかるんだピッチに足をとられたテリーはボールをポストに当ててしまい失敗。
その後チェルシーFCで7番目のキッカーを務めたニコラ・アネルカのキックをエドウィン・ファン・デル・サールが止め、結果マンチェスター・ユナイテッドに敗北した。
テリーは涙を流し悲嘆にくれ、その後チームのホームページ内で謝罪をした。

しかし「彼こそはチェルシーである。彼が居なければ我々は決勝に勝ち進むことは出来なかっただろう」とランパードが語るように擁護の声も多かった。
それを裏付けるように、このシーズンで自身二度目となるUEFAチャンピオンズリーグ最優秀ディフェンダーに選出される。
いちセンターバックとしてのパフォーマンスだけを見れば、同大会の決勝を戦ったマンチェスター・ユナイテッド所属のリオ・ファーディナンド等の選手と比べて果たして上だったかに関しては議論の余地があるだろうが、
このシーズンで最も人々の記憶に残ったディフェンダーはと言えば間違いなくこの人である。

チェルシーFCで見せるキャプテンシー等も踏まえれば納得の受賞だったと言えるだろう。


■基本情報
・国籍 イングランドの旗 イングランド
・生年月日 1980年12月7日(28歳)
・出身地 ロンドン
・身長 187cm
・体重 90kg

■選手情報
・在籍チーム イングランドの旗 チェルシー
・ポジション DF
・背番号 26
・利き足 右足

■所属チーム
【クラブ】
・1997年-現在:チェルシー(イングランド)
→2000年3月-2000年5月:ノッティンガム・フォレスト (loan)

【代表歴】
・2003 : イングランド:48 (5)

■ヒント
・本名:ジョン・ジョージ・テリー
・愛称:JT
・ラテン文字:John George Terry
(From Wiki)



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2009/12/2

鈴木和雄の弁護士志望なサッカーブログ クイズ64  サッカー ブログ

鈴木和雄です。

師走に突入しましたが、それほど寒く感じませんね…
私だけでしょうか!?
風邪にご注意あれ。。。


さてさて、今日は誰の名言でしょう??


『PKよりFKの方が簡単だ、

何故なら壁が蹴る瞬間をGKから

さえぎってくれる』



▼鈴木和雄による語録へのコメント▼
まさに名手!!彼の右に出るものはいないのでは!?と鈴木和雄は思ってます。これまで何人もの選手がFKを得意としていましたが、鈴木和雄の見た限りでは、彼のFkが一番では…と、思っております。


▼鈴木和雄(!?)による主な情報▼
いわゆる「1.5列目」のポジションを最も得意とする。敵陣内でのスピード、ドリブルの切れ味、スルーパス、どれをとっても超一流であり、
ロベルト・バッジョと並び称される生粋のファンタジスタ。ゾラのプレースタイルの形成には、ナポリ在籍時に共に戦ったマラドーナが大きく影響を与えており、
一時は「Marazola(マラゾーラ)」の異名も取ったほど。

その中でも彼が最も真価を発揮するのは、マラドーナから直接教わったというゴール前でのフリーキックである。
ペナルティエリアのライン直前(ゴールからの距離が最も近い位置)からですら、
相手ゴールキーパーが一度逆方向に振られるほどに曲がりが鋭く、まるで切れていくかのような曲がり方をする。
世界最高の名手との呼び声も高い。


■基本情報
・国籍:イタリア
・生年月日:1966年7月5日(43歳)
・出身地:オリエーナ
・身長:168cm
・体重:67kg

■選手情報
・ポジション:FW / MF
・利き足:右足

【クラブチーム】
年 クラブ App (G)
・1984-86:ヌオレーゼ(イタリア) / 31 (10)
・1986-89:トレス / 88 (21)
・1989-93:ナポリ / 105 (32)
・1993-96:パルマ / 102 (49)
・1996-03:チェルシー / 229 (89)
・2003-05:カリアリ / 44 (21)
total 599 (222)

【代表歴】
・1991-1997:35 (10)(イタリア)

【監督歴】
・2008.9- : ウェストハム・ユナイテッド(イングランド)

■ヒント
・愛称:サルディーニャの魔法使い
・ラテン文字:Gianfranco Zola
(From Wiki)



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2009/11/30

鈴木和雄の弁護士志望なサッカーブログ クイズ63  サッカー ブログ

鈴木和雄です。

今月も残すところ、あとわずかになってきました。
早いもんですね〜〜。。。


さてさて、今日は誰の名言でしょう??


『サッカーにバランスはない』



▼鈴木和雄による語録へのコメント▼
…天国から地獄へと簡単に落ちてしまう。ただ、それも美しさの一つなんだけどね。私は私自身のことなんて考えない。自分に何が言えるか、何がやれるかなんてね。今の私はただ、ミランでうまくやることだけを考えている。
というのが、上記コメントの続きである。気を緩めていると、すぐに足元をすくわれるぞ!!と言っているのですね。
鈴木和雄も気をつけないと。。。


▼鈴木和雄(!?)による主な情報▼
17歳でプロのキャリアをスタートし、フラメンゴ、鹿島アントラーズ、ACミランなどでプレー。
レオの愛称で親しまれた。ブラジル代表としては、1994年、1998年と2度のワールドカップに出場し、
優勝と準優勝を1度ずつ経験した。2003年に現役を引退後はACミランの副会長補佐を務めた。
2009年6月1日よりACミランの監督。


■基本情報
・国籍:ブラジル
・生年月日:1969年9月5日(40歳)
・出身地:リオデジャネイロ州ニテロイ
・身長:177cm
・体重:71kg

■選手情報
・ポジション:MF/DF
・利き足:左足


【所属クラブ】
・1984年-1987年 - フラメンゴ ユース(若年代)チーム(ブラジル)
・1987年-1989年 - フラメンゴ(ブラジル)
・1990年-1991年 - サンパウロ(ブラジル)
・1991年-1993年 - バレンシア(スペイン)
・1993年 - サンパウロ(ブラジル)
・1994年-1996年 - 鹿島アントラーズ(日本)
・1996年-1997年 - パリ・サンジェルマン(フランス)
・1997年-2001年 - ACミラン(イタリア)
・2001年 - サンパウロ(ブラジル)
・2001年-2002年 - ブラジル
・2002年-2003年 - ACミラン(イタリア)

【代表歴】
・1990-2001:ブラジル:55 (7)

【監督歴】
・2009-:ACミラン(イタリア)

■ヒント
・愛称:レオ
・ラテン文字:LEONARDO Nascimento de Araujo
(From Wiki)



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