| 投稿者: 石村 実

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石村 実
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2016/11/27 | 投稿者: 石村 実

柳根澤(ユ・グンテク、1965〜)という韓国の画家の展覧会が、12月4日まで2つの会場で開催されています。ひとつは自由が丘にあるギャラリー、gallery21yo-jでの新作展、もうひとつは多摩美術大学の美術館での大規模な回顧展形式のものです。この重要な画家の作品について、もう少し早く文章に書けるとよかったのですが、何分にもアンテナの感度が低い私のことですから、仕方ありません。
私はふだんからgallery21yo-jに立ち寄らせていただくことが多いのですが、迂闊にもギャラリーの黒田(悠子)さんが2005年ころからこの作家を紹介していたことを知りませんでした。そしてたまたま多摩美術大学美術館で同名の作家の展覧会が開かれていることを知ったのですが、あまり興味が持てなかったので、gallery21yo-jの展覧会だけを見るつもりでいました。ところがギャラリーの一室でその作品群を見たときに、何とも説明のしようのない驚きを感じ、これは多摩美術大学美術館の展覧会も見るしかないな、と思いたって、翌日の午前中に美術館を訪れました。この日を逃すと、もう見る時間がとれそうもなかったのです。

さて、前置きはともかく、gallery21yo-jで見た柳根澤の作品です。それを写真で見たときには抽象絵画のようなものだと思ったのですが、意外なことにそれは大きな蚊帳を張った室内風景で、中央の四角い点描のような模様のある形のなかには、蚊帳の中のベッドがうっすらと描かれ、そこの上にいる人物もほのかに見える、というものでした。つまり、オールオーヴァーな抽象形体に見えたものが、プリミティブな手法で描かれた具象形体であったわけです。それはある意味では期待はずれだったのですが、なぜかいつまでながめても見飽きない、不思議な魅力がありました。いったいこれはどんな素材で描かれているのか、私には皆目見当がつかなかったのですが、カタログには「Black Ink, White Powder and Tempera on Korean Paper」と書いてあります。それは東洋風の伝統的な素材のようであり、しかし画面上のマチエールは油絵のような感触もありました。そしてモノトーンに近い色彩で描かれているのですが、じわじわとその美しさがしみ出てくるような味わいがありました。これが「The Room」というタイトルが付された1mを越す大作なのですが、それが3点ありました。それらはほぼ同じ構図で、室内いっぱいに蚊帳が張られていて、その中の人物がいるところまでは同じなのですが、その人物像が異なるようであり(はっきりとはわかりません)、色彩もグリーン系のトーンを用いながら微妙に違っているのです。
その脇の壁には「Window」という小品のシリーズが並べられていました。こちらは、おそらく同じ窓から見たであろう風景画の連作です。描写手法としては抽象絵画にいたる頃のモンドリアンのような簡略化された形体で描かれていて、モノトーンのものがほとんどですが、なかにはクレーのような明快な色彩の作品もありました。しかしモンドリアンやクレーが明確に抽象絵画を指向していたのとは異なり、柳根澤の場合はもっと実感の伴った、風景の感触をなぞるような印象があります。説明的な描写は極力廃されていますが、それらは抽象的なバリエーションとしての連作ではなく、夜景を想起させるものや雪景色のように見えるものもあり、あくまで具体的なのです。それでは、それらが何を軸とした連作なのか、明確に言えるのかと言えば、それがよくわかりません。季節の違いや昼夜の違いを描いたものだとは言い切れないし、同じ窓だとしても視線の向きも微妙に異なっているようです。色彩を使ってみたり、モノクロで描いてみたり、という具合に外的な要因と作家の内的な要因が整理されずに連作として表現されている、というのが正確なところでしょう。そのことが西欧絵画の論理になじんできた私の頭にはうまくなじめず、何やら混乱した状態になるのですが、その困惑が不思議なことに心地よいのです。

この混乱と魅力がいったい何なのか、翌日、私は多摩美術大学美術館に確かめに行くことになるのですが、結果的にそれは一部混乱のまま放置され、一部整理されたような気がします。整理された部分というのは、作品だけからではなく、展覧会のカタログに付された峯村敏明の解説に導かれた面もあります。

柳根澤はソウルの弘益大学校で東洋画を学んだ。東洋画とは中国由来の筆墨の技を基本とする絵画であって、韓国では「国画」とも位置付けられてきたから、表面的に見れば、技法上でも主題選択の上でも、西洋画とは異なる伝統的、悪く言えば守旧派の分野とひとくくりにされかねない。けれど、皮相な一般視を捨てて柳根澤の作品を直視するならば、柳が東洋画科で学び、いまなお韓国の17世紀の水墨画家たちに深い共感を寄せていることが、彼の最も現代的な様式の作品にどれだけ力強い足腰を与えているかが分かるはずである。
―中略―
西洋画のデッサンが描画対象に仕えるのに対して、東洋画の筆使いはむしろ画家の身体と呼吸に忠実であろうとする。柳が東洋画で身に付けたのは、何を描こうとも筆と対象との間で交わされるべき呼吸こそが大切なのだという原則であって、芸術思想と世界観の根幹にまで及ぶこの原理を、彼はその後もけっして見失うことがなかった。ところが、驚くべきことに、東洋的思想を重んじる画家たちがとかくてわざと主観のみに閉じこもってしまいがちなのと違って、柳はどんな西洋画系の写実画家も及ばないほどの貪欲さ、好奇心をもって、目に見えるあらゆる事象に筆を及ぼし始めたのである。
(『時の窓を介して我と万象は呼吸を交じわす/展覧会カタログより』峯村敏明)

私の浅い理解では、おそらく伝統的な水墨画では主題が限定され、その対象ごとに理にかなった筆法があるのだろうと思います。その筆法のなかで、画家はどのように自分の呼吸を整えるのか、が試されるのでしょう。一方で西欧絵画では、視覚的な対象と正面から向き合いますが、それは視点と時間軸を固定することで成立する方法です。柳根澤の初期の作品で、たとえば祖母を描写した作品などは、水墨画の筆法に西欧絵画のような画像を再現しようとしている意図が感じられます。あるいは彼が描く巧みな風景スケッチは西欧絵画のように、時間が止まっているような印象を受けます。ところが彼のタブロー?作品になると、不思議なことにゆったりとした時間が含まれているように見えるのです。それは季節が限定されているものであれ、人物の一瞬の姿が描かれているものであれ、例外ではありません。その特徴がわかりやすいのは、展覧会場で流されていた彼の短い動画作品(アニメーション?)でしょう。それは彼が絵を描くときの制作過程、つまり筆の動きや、次々と画面の部分が生まれてくるところと、画像のなかでの時間の経過、例えば流れ出た液体のシミが広がっていくところや、木が成長していくところ、などが区別されずに含まれているのです。この曖昧な感覚、西欧的な論理で言えば混乱した感覚が、彼の絵画の懐の広さになっているのでしょう。

ところで、この多摩美術大学美術館の展覧会で、もっとも注目される柳根澤の絵画の特徴は、そのモチーフの多様性、というか混在性でしょう。例えば、「Old Giant」では室内空間に突然、巨大な象が出てきますし、それと同様の室内空間に、はしごが数本、浮遊している作品もあります。大河のような勇壮な水面に、日常的な雑貨が無秩序に乗せられたボートが浮遊する「A Landscape, Flowing Down」や、室内に木や雑貨が無数に浮かんでいる作品も数点あります。学芸員の小林宏道のカタログ解説では、彼のシュールレアリスム的にも見えるモチーフの扱い方について、「シュルレアリストたちの影響と述べたくなるが、実際には彼の目指すところはその範囲に留まっていない」と注釈されています。たぶんその通り、というかおそらく彼の場合、おおもとの発想がシュールレアリスムとは異なるものでしょう。一枚の絵画のなかで多用な時間軸やイメージを総合的に扱いたい、というのが柳根澤の方法論なのであって、シュルレアリストたちのように、そこに異化効果をねらったものではないと思います。日常を異化する、というのではなくて、むしろ日常的に見るもの、感じるものを絵画のなかに封じ込める方法なのではないでしょうか。
ただ、正直に言うと、彼の柔軟に過ぎる?イメージの混在が、私にはすこしなじみにくいのです。私が多摩美術大学美術館での彼の作品のなかで好きなものは、「The Scenery Outside Window」、「Take a Stroll」、「Some dinner」の連作です。風景の美しさ、食卓の壮大さは、それだけで彼の絵画の魅力を十分に語っていて、水墨画や西欧絵画の枠を軽々と超えたものです。
そして、gallery21yo-jの作品も含めて、近作の方が彼の絵画の密度、集中の度合いが高まっているようで、これからが楽しみになります。

急に思い立って展覧会に行き、初めて出会った絵画について書いたので、言いたいことが十分に伝わりませんが、こういう画家が同時代にいることはうれしい限りです。もしも、これから展覧会を見に行ける方は、ぜひ出かけてみられることをおすすめします。

gallery21yo-j    (http://gallery21yo-j.com/
多摩美術大学美術館 (http://www.tamabi.ac.jp/museum/exhibition.htm
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