みなさま  

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5月22日付で第一歌集『古今さらさら』不識書院刊(2700円+税)を上梓いたしました。書店販売ですが出版元が日版トーハンの注文出荷だそうで各書店にお問い合わせください。大阪「葉ね文庫」さんにも置いていただきました。よろしくお願いいたします。自家通販はいずれと思っております。

お問い合わせなど (mail) tanuko☆mbx.kokage.cc(☆をあっとに替えてください)
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2018/8/17

霧ヶ峰の想い出  短歌

新宿から中央本線に乗って信州に行くのは昔でも割と近いものだったのか(鈍行でも五時間ぐらいだったのか)小学校の修学旅行(何故か私たちの学年だけ)も蓼科だったし、大学のクラブの合宿も白樺湖だった。私達いとこグループ(20人位)は、夏は房州の別荘で地元民のような顔になって遊んで育った。それだけに諏訪から松本にかけての信州の優雅な夏は印象深いものとなった。

母は美ヶ原が一番好きと言っていたけれど、私は霧ヶ峰が一番好きだなあと思う。白樺湖には恋の想い出もあるのに、後から欠片を拾いに行った時には喪失感で昔のイメージのまま封印したくなったりした。
母の介護に入る前(もう15、6年前か)「あずさ回数券」とか「かいじ切符」という安い切符があったので、毎年夏のハイシーズンを避けて一人で霧ヶ峰に出かける機会があった。上諏訪の駅から路線バスで一気に霧ヶ峰高原インターチェンジまで行かれるので、短時間でニッコウキスゲの群落に会える。七月の(いまは連休が出来たので、混むのかもしれないが)中ごろから観光バスがどんどんやってくる。その人達と一緒に霧鐘の塔までぶらぶら歩き(バスの人はそこでUターンをする)その先を強清水まで歩くと次のバスに乗れると言う寸法である。夏の終わりにはクガイソウやヤナギランの残りが見られ、亜高山植物の大きく華やかな姿に幸せを感じたものだ。

二回目かにそのルートを歩いていたら、細い脇道の方から人声がした。思わずそちらへ向かったら何かの石碑の陰から二人連れが笑いながら出てきた。私はお幸せにと心に呟いて、さて何の碑なのだろうと覗いてみたら「藤原咲平博士の記念碑」であった。初代気象庁長官というより咲子さんのお祖父さんと覚えていたから、突然の出会いに嬉しくなった。(藤原咲子さんは大学の同級で、新田次郎、藤原ていさんのお嬢さん。前に気象庁の事で書いたかもしれない)藤原家は諏訪の出であったからなのだろう。ひょんなことで、小さな出来事に邂逅するのは旅の醍醐味だなあと思う。

山思う ビーナスライン霧ケ峰一人歩きし夏の日は夢   多香子
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2018/8/10

八月の歌  短歌

七月の終わりに台風が来て、やっと涼しくなった時「ああやっと夏が終わった」と思ってしまった。まだ八月にもなっていなかったのに、今年の猛暑や豪雨はひと夏を経験した(あるいはそれ以上の)疲れを覚えたのだろう。ニュースや知り合いでも人死にの出る話ばかりで、あとひと月も夏があるなんて信じられない気分だった。
岐阜県や名古屋周辺では相変わらず40度越えなどと言っているのは信じられない思いがする。東京者の私にはお盆休みは無いのだけれど、お休みを取って帰省や旅行に出る方々が楽しい時間を過ごされるようにと念じている。八月の歌は楽しい(?)恋の歌を。

「八月の恋」

ポチが今朝くわえて帰った定期券きみの名前が踊ってみえる

この夏は古い鞄を整理して「恋の兆し」を新たに詰めよう

この海の向こうにきみはいないのにペットボトルに流す恋文

恋と言う文字の光に目はつぶれここが私の崖っぷちです

紫の朝顔三つ開く朝あなたに逢いに行こうと決めた

靴下を十足干しあげ風が吹く庭でおひるね半夏生(はんげしょう)揺れる

唇をこの耳に寄せ潮風のテラスできみが告げる秘密は

大分前の「うたの日」に一首目の歌を出した時、選評の方が「ポチ、good job!」と書いてくれたのが嬉しい思い出です。半夏生は木の名前で(季節でもあるけれど)葉が夏に半分白くなるのです。
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