2017/6/16

唱歌「桜井の決別」  短歌

私は右も左も無く、かなり中道的な人間だと思っているのだが、「歌」の世界となると何でもよくなるところがある。「桜井の決別」というのは楠正成が湊川の戦に行く前、息子正行に南朝の後を託して出て行く話で、戦前は愛国忠臣の話として「修身の教科書」的な所があった。
私は勿論戦後生まれだけど、親たちが歌うし大人になって井上ひさしの「青葉茂れる」などが出ると、つい口ずさんでしまう事が多かった。それでも一番の途中ぐらいまでしか覚えていなかった。「美しい日本の歌」に全歌詞が載っていたので、二番までを引く。

「桜井の決別」作詞 落合直文 作曲 奥山朝恭

@青葉茂れる桜井の 里のわたりの 夕まぐれ
 木の下陰に駒とめて 世の行く末をつくづくと
 忍ぶ鎧(よろい)の袖の上 散るは涙かはた露か

A正成涙を打ち払い 我が子正行(まさつら)呼び寄せて
 父は兵庫に赴かん 彼方の浦にて討ち死にせん
 汝(いまし)はここまで 来つれども
 とくとく帰れ 故郷(ふるさと)へ

明治23年作曲、全15章の内6節に「桜井の決別」という題をつけて、明治36年に文部省唱歌となったものという。落合直文は「浅香社」を興し歌人、国学者として多くの近代歌人を育てた。歌に平易な日本語を用いたとあるが、今の人にはどこが平易?となるだろう。

正行はその後南朝をしょって戦うが、はっきり負け戦と分っても忠義のために死地に赴く。私はそういう無駄な事は好きではないが、正行が後醍醐天皇の御廟の如意輪堂の壁板に書きつけた辞世の歌を読むと名(義と名誉の)を残したい思いに泣ける。

かへらじと かねて思へば 梓弓 なき数にいる 名をぞとどむる 正行
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