2017/6/23

「毎日歌壇」掲載  毎日歌壇他

15日「共謀罪」が強行採決されて、その日の朝刊の黒々とした一面の太字を見た時、70年安保の時の「唐獅子牡丹」の流行、その後の無力感に「アカシアの雨の止む時」が流行った事などをしみじみと思い出した。
懐古ではあるけれど、その頃は何かを思い行動することによって、その後の挫折が有ったのに、今はなにもしないうちに手も足も出せなくなっている。「抒情」というものは折れた翼の上に描かれるのだという事を、もうあの頃を知らない世代に伝えなくていいのか、という思いと、どうせ伝わらない気持ちとが同居している。

ベランダに青紫蘇がさやさやと葉を広げて、「鯵の紫蘇巻フライを食べましょう」とささやいている。私たちは太ったブタとなる。

6月13日付「毎日歌壇」米川千嘉子選で◎特選に取って頂きました。

なにもかも見て来たけれど言えなくて国会前庭に立つ時計塔   河野多香子

【評】「時計塔」は<私>でも<人々>でも<時>そのものでもあるか。昨今の国会や政治に対する憤りと不安が滲む。

私自身も社会詠のつもりでしたし、今まで中々社会詠では取られなかったので、時期がちょうど合ったのだと思いました。評もとてもこちらの気持ちと合うものでした。「国会議事堂前、時計塔」で検索していただくと写真が出てきます。でもウェストミンスターの時計塔などとは違って、あまり知られていないのかもしれません。鬱屈は晴れないけれど、嬉しい事でした。米川さんありがとうございます。
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