2016/9/12

摩尼殿(まにでん)  神社仏閣/教会

 石の道標。諸堂(三つの堂)と奥の院の開山堂は左の道へ。

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 丸屋根の石灯籠は、不思議な造形。

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 こちらは一般的な石灯籠。

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 屋根の苔がきれいだ。蟲文庫で田中さんと苔の話をして以来、とても気になる。でもこれ以上、苔に深入りしない方がいいのでは、とわずかな私の理性がささやきかける。

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 振り返れば、さきほどの石橋。隣にある自販機横の建物は、「はづき茶屋」という茶店。のちほどここでゴハンにしよう。

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 憧れの舞台がある摩尼殿を見上げ、入る前からうっとり。寺院の舞台って、ほんとに気持ちのいい場所だ。いや、お寺に限らず、山中の舞台はいい。たとえば「大山崎山荘美術館」の広いテラスとかも。

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 それに造形だって、なんともいえないほどきれいだ。

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 実は大正時代に焼失してしまったのを、昭和を代表する建築家、武田五一が前身を踏襲した形で資料を参考に設計し、棟梁の伊藤平左衛門が請け負ったものだ。再建されて本当によかった。

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 摩尼殿の近くにはこのような石像物がいくつもあり、それぞれに小石が積み上げられていた。私もそれに倣ってみる(ミーハーだ)

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 石段をあがる。

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 見事な彫り物だ。

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 なるほど如意輪観音さまがご本尊なので、如意輪堂とも言うわけね。

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 りっぱな龍のついた手水所?

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 屋根と戸の間が、息をのむほど重厚に重ねられている。寺院建築のボレロ。

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 あがらせていただきます(拝)

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 写真では伝わらないかもしれないけど、下から見上げても迫力だ。

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 中央をはずして右手はこんな感じ。さあでは、上にまいります。

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 緑がキラキラと輝いて、うっとりとため息。

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 わあい、はづき茶屋が、あんなにちいさく見えます〜♪ すっかりハイテンション。

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 摩尼殿の舞台です。そんなに広くはないけど、眺めは絶景!!

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 寺院の正面上がり口の屋根って、こんなだっけ? 凄く変則な屋根の造りなので、設計も工事自体も非常に難しかったのでは。と、いまさらながら気づいた。

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 本堂の内陣は、格子ごしなので、よく見えず。ご本尊は秘仏なので「お前立ち」(ご本尊のレプリカ)の如意輪さまがいらっしゃったけど、遠くて良く見えず。いろんな物販もあったけど、最近めっきり物欲が衰えてしまい(ほんまか!?)お買い物はなし。

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 では山と摩尼殿の間の細い道をたどって、三つの堂をめざそう。
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2016/9/11

摩尼殿(まにでん)まで  神社仏閣/教会

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いい感じに古びた、立派な塀が見えて来た。

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 こういう古い道標の文字を読めないのがクヤシー。そういう「学」があればなあ〜と、ないものねだり。

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 あ、塔頭寺院だ。

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 中興の祖のお坊様のお住まいだったらしい。お寺の名前は「十妙院」。

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 そもそも、わずか16歳で旅立ってしまった少女のために建てられたらしい。そこには、どんなストーリーがあったのでしょうね。

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 石垣の苔むしかたが、いかにもの昔を思わせる。

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 文字は消えかかっているけど、「鳥獣保護区」の看板。

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 「害鳥獣捕獲のハンターといえども、無断入山を禁じる」。つまり、ひとことお寺さんにお伝えしておけば、殺生も大丈夫ということなのだろうか? 日本語はむずかしい。

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 ステンレスの手すりのカーブがお見事! 作るの難しかったでしょうけど、曲線が樹木と不思議にマッチングしている。ある意味、アートかも。

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 「笠塔婆」というものらしい。鎌倉時代の石碑。

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 笠塔婆にズーム!!

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 石から掘り出された阿弥陀さま。

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 おおっ、アーチの古い石橋が。ここから先は神聖な場所であることを示す橋だ。名前は「湯屋橋」だ。えっ?「湯屋」?

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 いきなりお風呂場だったなんて! まるで「千と千尋」じゃないの。それにしても、さすがの書写山も荒廃したことがあったのね。

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 橋を渡ると、威風堂々と佇む「摩尼殿(まにでん)」が現れる。

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 摩尼とは梵語の如意のこと。天禄元年(970)創建。

 本尊は六臂如意輪観世音菩薩で、この堂の創建前、天人が桜樹を礼拝するのを見て、上人が根のあるままの生木に観音像を刻まれた。そのために岩山の中腹に舞台造りの建物となった。本尊六臂如意輪観世音菩薩は、1月18日の鬼追いの日に開扉される。
 国指定の重要文化財四天王立像もここに安置されている。


   (書写山のHPより)
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2016/9/10

寿量院  神社仏閣/教会

 仁王門をくぐっても、建物は見えずまたしても道が続いている。

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 これが書写山。書写山全体が境内ともいえる、みたいなことをロープウェイの案内で小耳に挟んだような気がするが、たしかにそのとおりだ。

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 仁王門をくぐって、最初に右手に見えるのが「寿量院」だ。

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 古くは、「無量寿院」と呼ばれ、承安四年(1174)には後白河法皇がここに七日間お籠りになり、観世音菩薩の加護を願われたという。

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 現在の建物は江戸中期の建物で、蔀戸(しとみど)や中門などの寝殿造りの古い形式を備え、内部は床や違い棚のついた書院造りになっているそうだが、入れない。仏間を中心とした方丈と台所を設けた庫裡とを合わせた構造で、「十妙院」と共に「圓教寺型」と言われる独特の構造を持った塔頭なのだが、入れない。

 なぜなら。

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 ということで、姫路駅ホームの立ち食い蕎麦でしのごうというセコい了簡で、精進料理をご予約なさっていない私は、入れないのである。

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 しかし精進料理ご予約の方が入る道の入口には、案内を兼ねた魚板があり、これがなかなか味わい深いものだった。禅の仏教美術は、豪放磊落なシンプルさを旨とするイメージ、もしくはヒネリのきいた「のほほん」なのだが、これは禅というより、「民藝」の味わいがあるような気がする。

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 朴訥としているのに、プリミティヴな荒々しさが、魚の口元に込められている。はげしく歯ぎしりをしているかのような口元をみていると、「まさか精進料理なのに、刺身にされるのでは!?」という疑念が、私の「寿量院に入れない悔し紛れ」を交えて湧き出すようもみえる。じっくりと民藝魚板を鑑賞してから、次に向かう。

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 下り坂に入り、嬉しい気持ちで前方を見たら、驚くべき光景が目に入った。

 犬連れ!? しかもトイプードル!? 

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 こちらにお住まいの方なのか?

 それとも山麓にお住まいで、ここまでロープウェイに乗って、犬の散歩なのか? もしかすると、犬ひとりに留守番をさせるわけにもいかず、仕方なしに同伴旅行なのかもしれないのだが・・・シュールな光景だ。書写山、恐るべし!

 だが、書写山でのシュールな光景は、今後もまた目にすることになるのだが、それはまた後日に。書写山は、まさに面白過ぎるワンダーランドだ。
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2016/9/9

観音様と山登り  神社仏閣/教会

 ということで、ロープーウェイで山に着いてからも、山道を歩く歩く!

 でも山中のフェトンチッドで満たされ、ツクツクボウシとアブラゼミの混声しぐれの中なので、気分は爽快。

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 鐘楼が見える。

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 この看板では、さもすぐに到着するみたいな感じだけど、私は道草三昧のせいもあり、40分以上かかりました(汗)

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 帰りに鐘を撞いてらっしゃるご夫婦がいらして、梵鐘の音をきくことができた。

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 あれにみえるのは、もしかして・・・。

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 大阪の葛井寺(ふじいでら)の十一面千手千眼観音さま! お懐かしや! 紙芝居のオジサンにもお会いできた、思い出深い観音様だ。

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 うわあ、長谷寺の観音様だ!! やはりあのスケール感がないと、漫画っぽい頭身になっちゃうのかなあ。でも再会できて、とてもうれしい!

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 三室戸寺の観音さまは、たったいま颯爽とおでまし感がすごい。このお方にも、いずれお会いしに行かねば。

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 醍醐寺の如意輪観音様! お懐かしや、今もお慕い申し上げております。

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 おおお〜! 石山寺の観音様は、今年の33年に一度のご尊顔を拝するチャンスを逃さないようにしないと。シンプルな光背も古代めいていい。

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 三井寺の如意輪様も! ビッグネームの連続に、レプリカといえどドキドキするなあ。

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 このドキドキ感は、山の中の木立の間におられるという環境の素晴らしさにも起因するのだろう。観音トレイルのあまりの素敵さに、上り坂も辛くはない。ゆっくり登っているのと、道が整備されているおかげでもあるのだけど。

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 姫路を一望できる視界の開けた場所で、ちょっと休憩し、展望を満喫する。

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 ふたたび歩き出す。ほどなく建築物が見え隠れしてきた。

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 ついに山門までたどり着く。いよいよ境内に入るのだ。

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 仁王様はいらっしゃらないけど、代わりに、お洒落なモノトーンの草鞋が掛かっていた。草鞋は仁王様の象徴だ。

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2016/9/8

山門をめざす。  神社仏閣/教会

 では、いざ、ロープウェイへ。

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 ロープウェイ、かなり久しぶり。コンスタントに利用者がいるらしく、15分間隔で便がある。そんなに待たなくても大丈夫。

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 案内図をみても、円教寺の境内は広い。山中のあちこちに伽藍があるところなんて、たしかに比叡山みたいだわ。
 
 ところで「TV見仏記」で、みうらじゅんさんが驚いていらしたが、テープで説明や案内が主流のロープーウェイに、なんと女性のガイドさんが乗り込んで案内してくださるのだ!「テープじゃないんですね!」というみうらさんに、控えめに、でも「もちろんですとも!」と目で語り、自信にあふれた微笑みを返していた制服姿のガイドさんが印象深かった。

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 もちろん、本日もバスガイドさんのような流暢にあたたかい肉声の案内で、4分間の空中散歩は充実したのだった。

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 ロープウェイは、「軍師官兵衛」のキャラクターらしい。

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 さて、この先、山を徒歩で登るか、車道を通ってマイクロバスで行くかという運命の分かれ道がある。さっきまでは軟弱にマイクロバスで行こうかと考えていたのだが、「歩けば20分かかります」という係員さんの説明に、20分くらいなら、道の両側に点在される「写し」の観音様を見つつ歩くのもアリだろう、と結論する。

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 石碑の「一隅を照らす」は、
「一隅(いちぐう)を照らす、これ則(すなわ)ち国宝なり」
という言葉からの一節だ。
 天台宗の開祖である最澄の『山家学生式』(さんげがくしょうしき)冒頭部分に記載されている。「それぞれの立場で、精一杯努力する人はみんな、何者にも代えがたい大事な国の宝だ」という意味で、仏教ミッションスクールに行った事のある人なら、たぶん耳にしたことがあるはず、というくらい有名な言葉だ。

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 書写山と和泉式部についての物語が、連続看板となって続いていた。

 和泉式部は平安時代中期の歌人。越前守 三十六歌仙のひとり。恋多き女性としても有名。
 和泉式部は 最初の夫、和泉守橘道貞 (みちさだ)と離婚し、その後 愛人の皇子二人が 次いで最初の夫の娘、小式部内侍(こしきぶ の ないし)が 亡くなり、仏に救いを求めた。名僧として名高い播磨の国の書写山円教寺の性空( しょうくう )上人に、仏の教えを乞おうと京の都を立ち、書写山に来たらしい。しかし寺の門は閉ざされ、上人に会うことが出来ない。

 和泉式部は「暗きより 暗き道に 入りぬべき、遙かに照らせ 山の端の月」という歌をしたため、下山しようとする。上人は この歌に感心し、「日は入りて 月まだ出ぬたそがれに 掲げて照らす法( のり )の灯(とぼしび )」
と返歌して 門を開け、和泉式部に面会したという伝説がある。境内には「和泉式部の歌塚」もあるらしい。

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 参道途中には西国三十三ヶ所各寺院の本尊のレプリカが出迎えてくれる、と予習した中に書いていたが、レプリカとはいえ、丁寧に作ってある。雨ざらしなのに、状態も良好。
 やはり1番目にエントリーされるのは、当山の御本尊、六臂如意輪観世音菩薩さまだ。この堂の創建前、天人が桜樹を礼拝するのを見て、性空上人が根のあるままの生木に観音像を刻まれたため、岩山の中腹に舞台造りの建物となったそうだ。六臂如意輪観世音菩薩は、1月18日の鬼追いの日に開扉される。
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