2012/11/18

At Lyon リヨンにて (旅日記最終回)  フランス旅日記

9月30日、日曜日。

テゼでの1週間の生活を終え、リヨンへ。
テゼで知り合ったリヨン在住のキャロラインの車で、やはりテゼでいっしょだった韓国人のキム・ミソンといっしょにリヨンへ。ミソンはキャロラインの家に1泊した後、私が歩いた巡礼路をル・ピュイから最終地のサンチェゴまで歩く決意を固めていた。今ごろ、無事、サンチェゴに到着し、同じようにそこまで歩いてきた巡礼者たちといっしょに大聖堂での祝福式を受けているのかもしれない。
わたしが巡礼路で出会った人達は2カ月の巡礼を無事に終えた様子がFacebookやブログで報告されていた。わたしも旅から1カ月半を過ぎ、この日記を持ってようやく旅日記を終了しようとしている。

さて、最後のリヨン。30日の夕暮れ時までミソンとリヨンの街を歩いたが、翌日からの2日間は全くの一人旅だった。コンポステーラもテゼでも、そこには人がいて交流があり、様々に助けられた。けれど、今までとは全く違ったフランスの都会の中では、ちょうど東京の街で電車やバスでの移動に苦労するように、右往左往した。何とか地下鉄を乗り継ぎ、いくつかの美術館やいわゆる名所に辿りつけはしたものの、それまでとは違った緊張感があった。でもその慣れない都会を超方向音痴のわたしがひとりで歩いたということも大きなチャレンジで、また有益な修行だった。ここでの道に迷った時の途方なさ、はらはらどきどき感、めざす場所を見つけた時の安堵、苦労したことこそ心に焼きつく。わずか2日間だったが、歩きごたえのある旅のしめくくりだった。

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ソーヌ川西岸に広がるリヨンの旧市街は世界遺産になっている

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サン・ジャン大司教教会

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ペラーシュ駅近くのレストラン、ブラッスリー・ジョルジュでリヨンの郷土料理を

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リヨン美術館へ。中庭がなかなかよかった。

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ギニョールの街リヨンのギニョール工房。ギニョール劇場は月、火曜日は休館で入れなかった。

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フルヴィエールの丘へ。ノートルダム・ド・フルヴィエール・バジリカ聖堂

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紀元前43年建造のローマ劇場。尾てい骨が痛むので石段を登れず残念。

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絹の街リヨンの工房を訪ねて。通勤者で満員の地下鉄を乗り継いで。

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ホテルの側にあった教会へ朝の散歩
この後、スーパーでフランスのお菓子などを買い、フライトの時間まで、装飾博物館と織り物博物館へ。荷物がいよいよ重く、腰も痛いので、ホテルからはタクシーでサンテグジュペリ空港へ。運転手さんと家族のことなど話ながら、また「悲しみの天使」のフランス語の歌が流れてきたので、それを日本語で歌ったりして(良く歌詞を覚えていたもの!)
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2012/11/16

旅の後に   フランス旅日記

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 先週の日曜日の11月11日、わたしの通う大宮シオンルーテル教会で、テゼの讃美に寄る特別礼拝が持たれ、その礼拝をリードさせていただいた。フランスのテゼで学んできたものを分かち合うことができるようにという牧師の配慮で、わたしにこの機会が与えられたのだ。

 フランスのテゼでは大勢の参加者の一人として、ただただ、その中で歌い、祈り、言ってみれば全くの受け身でそこにいたので、たくさん歌ってはいても、その歌を他の人に伝える、礼拝の中に位置づけ、それをリードするということはわたしにとって全く新しいことで、ここ一カ月はその為の準備や自分自身の学びのために気持ちを集中していた。

 ラテン語で歌われる歌詞の意味を確かめ、和声を調べ、CDを聞きながら、そのソロのパートの音を取り、英語で歌われているソロの部分を日本語に置き換えて歌う練習などをした。また教会のメンバーに呼びかけ、水曜日の夜教会に集まり、アルト、テノール、バスのパートを練習した。

 その準備の中で感じたことは、自分で意図したのではないまでも、テゼの2012年から2015年に向けて掲げられているスローガン”新しい連帯に向って”を具体的に行動に起しているということだった。ひとりの声は小さくても二人、三人と人がそこに繋がることで歌の声は大きく豊かなものになる。異なるハーモニーを歌い、その声が響きあう時、ひとりでは決して表すことのできない、美しく深い音の世界が生まれる。ひとりが他者に引きずられることなく自分の責任を果たしつつ、互いに聞きあい、互いに響きあう・・・こうした歌い方がそのまま、他者と連帯していく生き方を象徴していると実感した。

 わたし達のハーモニーもまたそこから育っていくだろう「新しい連帯」もまだスタートしたばかりで拙い。けれども目標にへ向かって歩みを進めていくことはできる。1月から始めようとしているテゼによる祈りの集い(毎月第3木曜日の7時より、大宮シオンルーテル教会にて)においてもそうだが、テゼからそれぞれの国、それぞれの町へと帰って行った人たちも、またテゼに繋がる世界中の人達も、”新しい連帯に向って”の3年間を同じように歩み出しているのだろう。

 いったい、テゼにはどうして多くの若者達が集まって来るのか、テゼの讃美の何が人々をひきつけるのか、そもそも讃美とはいったい何なのか、テゼにおいて実現しているようなエキュメニカル(教派を超えた)な連帯を、この地でどのようにして広げ、深めることができるのか、目には見えない、助けを必要としている人たちと連帯するためにどういう具体的なリアクションが可能なのか、問いはいくつも生まれて来る。答えを見つけていないことばかりなのだが、答えを見つけたいとう気持ちが私の内に起こったということが、大きな変化なのかもしれない。祈りの中で問い続けていく、具体的な行動の中で求め続けていく、そんな決意が静かに満ちている。

 巡礼とテゼの旅に出かける前、いったいこの旅が終わったら、果たしてすんなり日常に戻れるだろうか、良く言われるような、「カミーノブルー」に陥るのではないかと心配していたが、旅の後にはまた新たな挑戦が目の前に置かれていた。テゼでの日々、長い黙想の時に祈っていた「ここにいるわたしをあなたの器としてどうぞ用いて下さい」という祈りが聴かれたのだと思う。


<参考>

テゼ共同体のホームページより 


新しい連帯に向って  2012〜2015;模索の三年間

「テゼからの手紙 2012年」を通して、わたしは、これを読むすべての人々に、人間同士の連帯にもっと目覚め、より具体的にそれを実践してゆくようにと勧めたいのです。人々との連帯の体験---すぐ近くの人とであれ遠くの人とであれ---、互いにつながっているという体験、互いに支え合っているという体験、それはわたしたちの人生により深い意味を与えてくれます。

「わたしの人生の本当の意味は何か」と多くの人々が思い巡らすとき、わたしたちテゼのブラザーたちは、明確にこう伝えたいのです。「それは、他者との連帯の内に、それを具体的な行動で生きる中にある」と。このような連帯は、わたしたちをはるかに超えたひとつの愛があることを垣間見させてくれます。それは、すべての人間に注がれた神の愛を信じるように導きます。

(全文はここから)
http://www.taize.fr/ja_article14439.html


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