推定少女の噂  

何が出ようとこの真昼間、気にはしないが、もの好きに、どんな可恐い事があったと聞くと、女給と顔を見合わせてね、旦那、殿方には何でもないよ。アハハハと笑って、陽気に怯かす……その、その辺を女が通ると、ひとりでに押孕む……」
「馬鹿あこけ、あいつ等。」
 と額にびくびくと皺を刻み、痩腕を突張って、爺は、彫刻のように堅くなったが、
「あッはッはッ。」
 唐突に笑出した。
「あッはッはッ。」
 たちまち口にふたをして、
「ここは噴出す処でねえ。麦こがしが消飛ぶでや、お前様もやらっせえ、和尚様の塩加減が出来とるで。」
 欠茶碗にもりつけた麦こがしを、しきりに前刻から、たばせた。が、匙は附木の燃さしである。
「ええ塩梅だ。さあ、やらっせえ、さ。」
 掻い候え、と言うのである。これを思うと、木曾殿の、掻食わせた無塩の平茸は、碧澗の羹であろう。が、爺さんの竈禿の針白髪は、阿倍の遺臣の概があった。
「お前様の前だがの、女が通ると、ひとりで孕むなぞと、うそにも女の身になったらどうだんべいなす、聞かねえ分で居さっせえまし。優しげな、情合の深い、旦那、お前様だ。
0

ホテルエコーの噂  

だからやっぱり、姉さんが可いじゃあないかえ。」
「でも円髷に結ってるもの、銀杏返だと亡なった姉様にそっくりだから、姉様だと思うけれど、円髷じゃあ僕は嫌だ。」
 と少年は素気なし。
「じゃあまるであかの[#「あかの」に傍点]他人なの?」
「なにそうでもないけれど。……」
 少年は言淀みぬ。お貞は襟を掻合せ、浴衣の上前を引張りながら、
「それだから昨日も髪を結わない前に、あんなに芳さんにあやまったものを。邪慳じゃあないかね。可よ、旦那が何といっても、叱られても大事ないよ。私ゃすぐ引毀して、結直して見せようわね。」
 お貞は顔の色|尋常ならざりき。少年は少し弱りて、
「それでなくッてさえ、先達のような騒がはじまるものを、そんなことをしようもんなら、それこそだ。僕アまた駈出して行かにゃあならない。」
「ほんとうに、あの時は。ま、どうしようと思ったわ。
 芳さんは駈出してしまって二晩もお帰りでないし、おばあさんはまた大変に御心配遊ばしてどうしたら可かろうとおっしゃるし、旦那は旦那でものも言わないで、黙って考え込んでばかりいるしね、私はもう、面目ないやら、恥かしいやら、申訳がないやらで、ぼうッとしてしまったよ。後で聞くと何だっさ、真蒼になって寝ていたとさ。
 芳|様の跫音が聞えたので、はッと気が着いて駈出したが、それまでどうしていたんだか、まるで夢のようで[#「夢のようで」は底本では「夢のやうで」]、分らなかったよ。」
 少年は頻りに頷き、
「僕はまた髯がさ、(水上さん)て呼ぶから、何だと思って二階から覗くと、姉様は突伏して泣いてるし、髯は壇階子の下口に突立ってて、憤然とした顔色で、(直ぐと明けてもらいたい。)と失敬ことを謂うじゃあないか。だから僕は不愉快で堪らないから、それからそのまんまで、家を出て、どこか可い家があったらと思ったけれど、探す時は無いもんだ。それから友達の処へ泊って、牛を奢ってね、トランプをして遊んでいたんだ。僕あ一番強いんだぜ。滅茶々々に負かして悪体を吐いてやると、大変に怒ってね、とうとう喧嘩をしちまったもんだから、翌晩はそこに泊ることも出来ないので、仕方が無いから帰って来たんだ。」
 お貞は聞きつつ睨む真似して、
「憎らしいねえ。人の気も知らないで、お友達とトランプも無いもんだね。気が違やあしないかと、私ゃ自分でそう思った位だのにさ。」
0




AutoPage最新お知らせ