(無題)  

「へんなことを聞いたものでございますから、心配しておりましたが、何もなくて結構でございました」
「いや、あんな奴にかかりあっちゃかなわないね、そこいらあたりの若い奴と、いたずらしたのを、僕が時おり往ったものだから、僕になすりつけて、ものにしようとしたものだよ、いくらなんだってあんな土百姓の女なんかに、手出しなんかするものかね」
「そうでございますとも、先方の旦那が、厭な噂があるが、ほんとかと仰しゃるものですから、わたしもそう言ったのですよ、なんぼなんだって、世家の旦那が、あんな汚い土百姓の女なんかに、手出しなんかするものですかって、ほんとに災難でございましたね」
「とんだ災難さ、いつか別荘へ往ってて、帰りに雨に逢ったものだから、雨をやまそうと思って往ってみると、酒なんか出すものだから、感心な百姓だと思って、別荘の往復に、時どき寄って、ものをくれてやったりなんかしたが、先方は初めから女を媒鳥にして、ものにするつもりでかかってたものだよ、酷い目に逢ったよ」
「そうでございますよ、これというのも、奥様を早くお定めにならないからでございますよ」
「そうかも知れないね」
「そうでございますよ、だから、わたしも早く、あれを纏めようとしてるのですよ、旦那の方には、確かに異存はございますまい」
 南は早く結婚して悪評を消したかった。
「ないさ、纏まりそうかね」
「こんなことがなかったら、とうに纏まっておりますよ、いつもわたしが申しますように、先方ではあなたのことをほめていらっしゃいますし、お嬢様もすすんでおりますから」
 その夜のことであった。南と女を結婚させてもいいと思っている大家の主人は、自分の室で簿書を開けて計算をしていたが、ものの気配がするので顔をあげた。頭髪を解いて両肩のあたりに垂らした小柄な女が嬰児を抱いて前に立っていた。
「お前は何人だ」
 女は首を垂れているので顔は見えなかった。
「賤しいものでございますから、名を申しあげてもお解りになりますまい」
「なにしに来た」
「当方のお嬢さんを南三復の奥さんになされようとしておりますから、それであがりました、どうか南三復の奥さんになさらないようにしてくださいまし、そうでないと、お嬢さんの生命を奪らなくては、ならないようになりますから」
 主人は驚いて逃げようとした。主人は卓に凭れてうたたねをしていたのであった。朝になったところで、媒婆が来た。
「旦那様、南さんに昨日逢ってまいりましたが、やっぱりわたしが申したとおり、南さんは百姓のわなにかかったものでございますよ、いつか別荘の帰りに雨に逢って、雨宿りに往って酒を出されたものですから、感心な百姓だと思って、ものを持っててやったりなんかしたものですから、先方はものにしようとして、あんなことになったのですって」
「そうかね」
 主人はふと、怪しい夢のことを思いだした。
「確かに、南さんが手を出したものじゃないかね」
 媒婆は笑った。
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ろうについて思う  

処でこのニュアンス故に、アイロニーやパラドックスや警抜な特色づけが可能となり、これ等諸概念が弁難的な、弁証法的な対立諸側面を示すことも出来るのである。これ等諸概念の(弁証法的な)歴史過程が、こうやってその(弁証法的な)論理構造に転化するのであるが、悲劇が喜劇へ転化し得る経緯も亦之に他ならぬと云うのである。で、喜劇が批判的批評的 なものだとすれば、之に対しては悲劇は或る意味にポジティヴな特色を持つ。ということは(私の或る公式によれば)、喜劇が本来ジャーナリスティックな文学のものであるに反して、悲劇は本来アカデミカルな文学のものだということになる。吾々は悲劇と喜劇との対立を結局、文学に於けるアカデミズムとジャーナリズムとの対立の一つとして取り上げることが出来はしないかと考える。そうすることによって初めて悲劇と喜劇とのイデオロギー論的 な、又論理的な、本質を取り出せるのではないかと思う。
(一九三三・三)
三 ユーモア文学とユーモア
最近のわが国に於ける文学界では、ユーモア文学が中心の問題になって来ているようである。率直で短刀直入なマニエールによる従来のプロレタリア文学が、最近特に著しく、見るも無残な〔伏字〕や〔削除〕で埋められるが、こうした受難が暗示する一連の犠牲を少なくするために、ユーモア形式が推薦されて来ているのである。だがユーモアは、左翼文学の単なる自己防衛の手段として選ばれねばならなくなっただけではなく、実は、左翼文学が批判的 階級の意識を表現するものである限り、夫はこの文学にとって本質的な内容となることが出来る筈のものなのである。ユーモアには、現在わが国に存在している所謂ユーモア文学――有閑サラリーマン文学(佐々木邦其の他)・高踏的人情文学(井伏鱒二其の他)・モダーンライフ文学(中村正常其の他)等――などでは充分に表わされないような、立ち入った本質的な側面があるだろう。
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