2011/9/30 | 投稿者: 愛子

大学受験に失敗した。十八歳の春、高校を卒業してすぐのことだ。
 もともと狙っていた大学は、偏差値が足りなくて諦めた。第二志望の大学は、回答欄を間違えて、一つづつずらして記入してしまったため、当然のように落ちてしまった。滑り止めに受けていた大学の入試は、インフルエンザにかかって受けられなかった。
 結局、どこにも行き場所の無くなったぼくは、一人部屋に引きこもって、一か月を無為に過ごした。いつの間にか桜の花は散っていた。最初の頃は友人たちからも時折メールが送られてきていたが、それも次第に来なくなった。皆、それぞれの生活で忙しいのだろう。 
 高校時代に、「離れても、ずっと親友だ」と約束して、「卒業してからも毎日メールするよ」、と言ってくれていた男からきた最後のメールは「彼女が出来ました、お前も頑張れ」だった。それから二週間がたったけど、それ以来メールは来ない。
 お前に言われるまでもなく、ぼくはぼくなりに頑張ったのだ。その結果が今である。
 一度電話をかけたけど「今デート中だから」と切られてしまった。
 思わず通販サイトで藁人形を探した。五寸釘も探した。セットで見つかったけど、五件の入札が入っていて、諦めた。それ以上に、怖くなった。
 それから、自分も藁人形を作って出品してみようかとも考えたが、止めておいた。もし入札が入ってしまったらどうしようと、そこまで考えて止めた。
 そうこうしているうちに、ゴールデンウィークが終わった。せっかくの長期休暇だが、あいにくと今のぼくは毎日が日曜日である。ゴールデンウィークになんの価値も見出せなかった。
 ただ、一つ変化があったとするならば、それは父方の祖父が他界したということくらいだろうか。
ぼくは祖父の葬式に参列することになった。久しぶりの外出が、葬式である。
大学の入学式で着る予定だったスーツを着て、悲しみに暮れる参列者の中に混じる。
そうやってじっと式に参列しながら、ぼくは祖父のことを思い出していた。
祖父が暮らしていたのは、隣の県だった。父が何度も一緒に暮らそうと言っていたが、祖父はそれを断り続けた。体調を崩して入院しても、足が不自由になっても、我が家に頼ろうとはしなかった。きっと、今の住処を離れたくなかったのだと思う。
 祖父は小さな古本屋を営んでいた。早くに亡くなった祖母と一緒に始めた古本屋だと聞いている。客が来なくても、自分の死期が近いと知っても、祖父はその古本屋に固執し続けた。生前に撮った祖母の写真をレジカウンターの横に立てかけ、日がな一日、それを眺めながら店番をしていた。
 ぼくにはそんな祖父の姿が、死に場所を見つけた老兵のように見えた。それから、頑として、自らの城を明け渡そうとしない気高き王のようにも見えた。
 そんな祖父の姿を思い出して、今の自分と比較する。ぼくはいったい何をやっているのだろう。このまま無気力に生き続けているだけで、ぼくは祖父のような最後を迎えられるのだろうか。白装束に身を包んだ祖父の顔は、どこか満足そうだ。
 そう思った瞬間、実感の湧かなかった祖父の死が、急に現実味を増して、ぼくに襲いかかる。
 祖父の死が悲しくて、今の自分が悔しくて、ぼくはただ黙って歯を食いしばった。
 祖父の城だった古本屋を継いでみないか、と父に言われたのは、祖父の葬式が終わってすぐのことだった。
やるべきことも、やりたいこともなかったぼくは、直ぐにその提案を承諾し、一週間もしないうちに、祖父の生前暮らしていた家に移り住んだ。家の一部を改装し、店にしているらしい。埃の舞う店内には似合わない木で出来た革張りの大きなソファーが、カウンターの横に置かれている。表に掲げられた看板は雨風にさらされ、何と書いてあるかも判別がつかない。
 錆だらけのそれを修理する気にもなれず、ぼくは、ほとんど客の来ない店のカウンターに座り、日がな一日、本を読みながら店番をしていた。
 晴れた日には、午後五時を過ぎると、窓から差し込む夕日が店内をセピア色に染め上げる。そんな中、ぼくはゆっくりと本の頁を捲る。
 一ページずつ、慎重に、本を傷めないように気をつけながら。
 そういえば、ぼくは本を読むのが好きだ。本の内容と言うより、読むと言う行為自体が好きだ。
 だけど、別に内容がどうでもいいってわけじゃない。例えば何かが自分の心に響く本を読むとしよう。それがどんな内容で、自分はその本を読んで何を感じるかは、読み始めるまで分からない。しかし、十ページ、五十ページ、百ページと読み進めていくと気付く。ゾゾゾゾっと、なんとも言えない快感のようなものが、ぼくの背中を駆け抜けて、どこか心の奥深くをノックする。それはきっと、ぼくの魂がその本を、自分の一部だと認めた感覚だ。それから世界中の何事でも許せてしまいそうな幸せな気分になる。どこまでも、自分とその物語が溶けて混ざって一つになるような、失っていた心のカケラがピッタリと嵌るような、得も言われぬ幸福感を感じる。
 ぼくは、その本と自分が溶けて一つになるような感覚が気に入っている。
 だから、ぼくは、至福の時間を邪魔されるのが、ブチ壊されるのが大嫌いだ。
 なのに、あの日、ぼくの幸せな一時は、君の何気ない一言でブチ壊された。
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2011/9/30 | 投稿者: teacup.ブログ 運営担当

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