2030/2/22

(無題)  

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山主の岩下仙海ですクリックすると元のサイズで表示します
当山当道場は仲間と地域の皆様、関係各位の協力により創り上げた手作りの道場です。平成19年10月に開山したばかりの新しい寺院です。毎年各行事をこなしていくことは並大抵でなことではございませんが皆様の協力によりここまでまいりました。多くの人は仏教=葬式との認識を持つ方が多いと思いますが、もともと釈尊は仏教布教の中で葬式の事は説いていませんでした。父の野辺送りはしましたが、葬式そのものはしなかったと聞き及んでおります。仏教はややもすると葬式や先祖の菩提を弔うことと思われがちですが、釈尊の教えは悟りを開き涅槃に渡ることを教えているのです。
人は生きていく上で精いっぱいの努力をしていかなければならないことは当たり前ではありますが、同時に人の度量には限度もあることは現実です。人命は地球より重いと言われる方がおりますが、実際人生とははかないものです。いずれ来る死との対峙の為に何をなすべきかを仏教は教えています。
当山は気軽に登嶺戴く寺院でございます。これらを克服するためにどうぞ行事の時はおいで下さい。山主以下山内一同お待ち申し上げております。
中部八溝修験道根本道場 大本山 慈徳院山主 
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2030/2/21

山伏修行  

ようこそ中部八溝修験ホームページへ
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2030/2/20

(無題)  

中部八溝修験道大本山
祥雲山慈徳院

行者全員集合 
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山伏問答 「案内申す案内申す宿先達に案内申す〜」
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大導師の所作に合わせて太鼓を打ったり読経をしたり。
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あっちっち
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中部八溝修験道根本道場 真言宗単立 祥雲山慈徳院の行事案内
 1月元旦     AM7:00 本堂において元朝護摩供養
 2月3日      PM6:00 本堂において節分会
 5月3〜5日   入峰修行(奥駆け)
10月第三日曜日 PM1:00慈徳院特設会場において秋の例大祭、柴燈護摩火渡り

山伏教室の開催 
毎月第一日曜日 真言宗教師(阿闍梨)が懇切丁寧に指導します。
AM 6:00〜7:00    阿字観(真言宗の座禅)
AM 8:00〜8:30    食事作法の指導
AM 8:30〜11:30   諸法の伝授
AM 11:30〜12:00  食事作法の指導
PM 1:00〜2:00    護摩供養参加
PM 2:30         下山
山伏教室は基本的に冥加金はかかりません。肩肘張らずどなたでも参加できます。
僧俗問わず気軽にご参加ください。
登嶺、参拝は下記の要領でお願いします。
栃木県芳賀郡益子町大字大平120−2真言宗単立 祥雲山慈徳院
連絡先 090−2441−9763 要予約 各種相談事 祈祷 地鎮祭賜ります。
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2030/2/19

(無題)  

煙はもうもうと
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2009年10月の秋の大祭

中部八溝修験根本道場 祥雲山慈徳院
当山のプロフィール 真言宗単立寺院 平成19年10月28日開基。本尊大日大聖不動明王、祈祷、参詣の専門道場。中部八溝修験根本道場。真言宗の阿闍梨が中心になり修験道や真言密教の修練の場として開山する。現在7名の行者が集合して修験の教理、実践面での勉強会を実施している。登嶺は道の駅茂木より10分、真岡鉄道益子駅より15分、芳賀グリーンコリドール(広域大型農道)沿い。
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2030/2/18

(無題)  

本尊大日大聖不動明王の力を戴いてクリックすると元のサイズで表示します
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タグ: 修行

2030/2/17

(無題)  

御本尊の火を壇へと点火クリックすると元のサイズで表示します
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2030/2/16

(無題)  

 修験における不動明王 役の行者小角 
我国に本格的な密教をもたらしたのは弘法大師空海であるが、それ以前に孔雀明王を本尊とした密教的修法を行っていた行者がいた。役の行者小角である。これは雑密と呼ばれる純密以前の修法であるが、この小角は大師と共通点がいくつかある。修験道の祖である小角が葛城、大峯などで修行したことは知られたところである。大師も山岳信仰に対して熱心であることは『三教指帰』などで窺える。全国の山岳地帯には大師や小角の来山の伝説が共通してみられる。『弘法大師一代記略』のなかに伝説では大師が大峯山上で山岳修行を積み、役の行者と深い契りを結んだことになっている。この頃の修験は元々あった神道に道教的なもの、仏教的なものが加味されて験を競ったものであり、今日の修験道のそれとは大きく違っていた。天台系修験の本山派、真言系修験の当山派ともに本尊として不動尊を崇敬する。しかしこの頃の雑密時代の修験道の本尊は不動尊ではなく蔵王権現であった。純密を大師がもたらし、不動尊と修験が結びつくのである。
 蔵王権現は小角が大峯で修行していたときに感得したとされる。自己の守護神を求め祈願したが、最初に現われたのが釈尊である。しかし厳しい山岳修行の本尊としては柔和な姿の釈尊に満足せずさらに祈り続ける。観音、弥勒と次々に出現するが、最後に厳めしい蔵王権現が登場する。火炎を背負ったその憤怒の姿はいかにも修験の守護神としてふさわしいということでこれこそ自己の求めていた仏と喜んだ。三鈷を持ち、片足を蹴り上げ、火炎の光背を背負ったその姿はどこか不動明王を彷彿させるものがある。いずれ修験の本尊の主流は不動尊へとバトンタッチされる。密教が入ってきて修験道と融合すると蔵王権現と酷似した姿の不動尊が主役となるのである。小角は雑密の実践をしたといわれるがいわゆる出家修行者ではない。「役の優婆塞」と言われるように在家の行者であるが、後代になって高僧並に諡号を贈られる。寛政十一年役小角一千百年御遠忌に光格天皇より神変大菩薩が与えられた。ここでいう神変は、つまり神に変じた人間、神人という意味であるが、小角の行や蔵王権現といったものが、やがて入流する密教や不動尊の序章ともいえる存在であることが窺える。

            修験道と弘法大師の関わり

弘法大師は役行者や行基といった先哲を崇敬していた。彼はそれらを慕って山に入り、雑密の修行をしていたともいわれる。今日の多くの有識者はそのような考えを持つことが多いようだ。また大師が修験僧である勝道上人を書いた『性霊集』の碑文に「沙門勝道山水を歴て玄珠をみがく」と表されている。これらの事から役の行者や行基のような行者を慕っていたことが窺える。大師は山という曼荼羅道場の中で雑密を学びながら、純密体得のために唐へ渡る決心をした。入唐前の六年間はなぞの期間といわれるが、これは大師が山に入って、当時少しずつ流入してきた雑密を修験者に混じって実践していたとも考えられる。日本の修験道には大きな二つの流れがあり、大師とも縁が深い。天台系の修験である本山派の祖である智証大師円珍は大師の姪の子であり、真言系の当山派の祖理源大師聖宝は孫弟子である。なかには聖宝が修験を行ってはいないと言い切る説もあるようだが、大峰山で入峯の伝承も伝えられてもいる。大師は吉野を歩き、高野山周辺を歩き、四国の山中に修行し、海を間近に雑密の行法を実践した。彼には山の修験と海の修験とが体現されていた。それが彼の曼荼羅思想というべき世界観となって発揮されていく。大師の山林抖擻はこんにちにおよぶより顕在化された密教修法以前の雑密修法が駆使されていたと考えられる。青年期山林修行者だった大師は密教に関してその行動が修験的であった。それは当時の奈良仏教が時代から取り残されていく時期でもあり、さらに本格的な密教を求めるべきを察知していたことが推察される。これが一年半で入唐求法の留学を止めて帰国したことと無関係ではないと考えられる。入唐の目的が密教の学習、習得にあり、当時のわが国にはない膨大な経典群の請来のため、諸々の密教法具の輸入のために大師は時代の要請に応えようとする大がかりな仏教的戦略であったことが言えるのかもしれない。多くの説があるが、大師の入唐前のなぞの六年間は山林修行をしていた時期との考えが主流であることは周知の通りである。日本国内には多くの修験の行場があり、大師の影もちらつく。なぜか大師の巡錫したといわれるところは多くが水銀鉱脈や、金銀の鉱脈がある。また自身がその地に行っていないにしてもその名が出てくる山は多い。『金剛峯寺建立修行縁起』では大師と高野山の出会いをこのように書いている。修行の場を求めて山を歩いていると一人の猟師が現れ、大師に霊験のあらたかな土地に住むがよかろうと犬を放ち、そのあとを付いていくと紀ノ川を越え、ある女性に出会った。そしてその女性は高野の地を提供することを申し出た。これが伝説上の高野山の守護神狩場明神と丹生都比売命である。これを受け都に戻った大師は嵯峨天皇に上奏して高野の地を賜ることになったのである。大師の山林での修行、各山間地域での伝承は役の小角に代表される初期修験道から密教を加味した後期修験道の移り変わりのなかで様々な関わりが考えられるが、今後の研究課題となるであろう。

           修験本尊不動明王

 後期の修験道の本尊は、蔵王権現から不動尊へと受け継がれていかれる。天台密教、本山派修験の拠点の三井寺は、円珍以来不動信仰が盛んな寺院であった。また醍醐寺三宝院でも不動尊は重視されていた。これに加えて平安時代以降、不動法をはじめ不動尊を主尊とする修法が験者たちによって好んで行われた。
こうした本寺や密教僧侶を通じて知らされた不動尊の尊格が、荒ぶる神仏の力を体得して鬼神を駆使したいという修験者が本来持っていた志向に適合したことで不動尊は平安末期から鎌倉時代には修験道の主要な信仰対象になっていった。中でも天台系修験の祖である円珍、叡山に修験行を導入した相応、那智の滝で修業した文覚上人などの信仰はよく知られている。やがて室町時代に入ると不動明王は蔵王権現の信仰にとって代わって、修験道の本尊の位置をしめていくようになっていくのである。
 修験道の柴燈護摩の次第の中にかかれていることであるが、護摩に先立ち山伏問答で次のやり取りが行われる。
 問 修験道の御本尊は?
 答 森羅万象悉く当道の本尊、総じては金胎両部の曼荼羅というべきも、修行専念の本
尊としては大日如来の教令輪身たる分怒形の不動明王を以って本尊となすなり。
 問 柴燈護摩と者?
 答 柴燈護摩とは古来、入峰に先立ち四方を結界し、不動明王の三昧に住し毒龍悪鬼を退治し、入峰円満を祈願したるに始まり、東方阿閦の木、西方弥陀の金をもって、中央 大日の大地にきりこみ、南方宝生の火を放って煩悩の薪を焼き尽くし、北方釈迦の水を灌いでこれを消滅し、諸仏諸天を供養し、もって各願円満を祈願する。つまり修験道では多くの神仏が本尊となるが不動尊はその主流であることがこれで理解できる。同じく護摩に先立つ所作のひとつである寶弓加治の文では東西南北と中央を五大明王の垂迹ととらえ弓を射が、その中に次のことが言われる。
行者 中央に大日大聖不動明王の垂迹と者、黄帯大神龍王まします各々八万四千の眷族を教令し中央を持ちたもう。故に七里結界金剛宅、ア、バ、ウン。
 これらのことで修験道の行者がいかに不動尊を大切にしていたかが窺えることができる。また修験道の不動明王像には、立山修験による富山県日石寺の磨崖仏の不動明王や国東半島の磨崖仏、各地の石像の不動明王、広島県福王寺の不動明王の立木仏、円空や木喰による不動明王など、密教儀軌に見られぬ修験独自のものが少なくない。これは修験者が儀軌にとらわれることなく、自己が体得した不動明王を自由に刻んだことによると考えられる。また修験行者が身につける衣体は総じて不動明王になぞられる。その中心をなす結袈裟は不動袈裟ともいわれ、行者即不動明王をあらわし、行者が不動明王と同じ十界一如であることを象徴している。さらに行者が携行する柴打ちは不動明王の智剣、貝の緒は不動明王の索、火扇は不動明王の火焰、頭巾を前八部に着するのは不動明王の頂上八葉が頭巾のうちにあることをそれぞれ象徴している。また『三峯相承法則密記』では衣の八つの貫、つまり違1、結込1、袴貫2、脚絆の堅結4が眷族八大童子を意味するとまで言っている。また謡曲「安宅」では「それ山伏と者、役の優婆塞の行儀をうけ、その身は不動明王をかたどり云々」といって峰入り修行する山伏を総じて不動明王と見立てている。不動尊の功験は『稽首聖無動経』に「わが身を見る者は菩提心を発し、我名を聞く者は感を断ち善を修し、我が説を聞く者は大智慧を得、我心を知る者は即身成仏せん」と記されているように、修行の守護神としての働きが注目されている。前項でも述べたが那智の滝で修業中に気を失った文覚上人を不動尊の命を受けた二童子が助けた話(『平家物語』巻五、文覚荒行)、葛川の三の滝で修業中の相応を頭に乗せて都卒天につれていった不動明王の話(『宇治拾遺物語』一九六話)などは、こうした修験の援助者としての不動明王の働きを示している。一方で不動尊は智慧の火で障碍を焼き、法水で塵垢をそそぎ、金翅鳥のように悪竜を食い、大刀によって魔群を破り、索で魔を縛するなどの働きをはたすとされている(『聖無動尊大威怒王秘密陀羅尼経』)。こうした面で不動尊は加持祈祷する修験者にとってなくてはならないものとなっている。蔵王権現から始まった修験の主尊は、平安末期から今日にいたるまで不動尊がとってかわり、修験と不動尊は切っても切れない関係にある。
(岩下健一卒業論文より抜粋)
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2030/2/14

(無題)  

  2010年10月の火渡り 
 2010年の火渡り秋の例大祭も無事に終了しまして、山主として厚く御礼申し上げます。地元の新聞にも掲載されたせいか例年になく多くの参拝者を迎え、盛況のうちに終わった事は本尊大日大聖不動明王の御加護と皆さまの御蔭であると感謝する次第でございます。当山は皆様に愛される寺院をモットーに今後も例大祭を継続し、発展させていくことを表明申し上げます。       山主
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2030/2/13

(無題)  

旅の先達はいずくの御山の修験者にて候や
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2030/2/12

(無題)  

当山御山主には御苦労に存じ申す。いざもうけの席に案内申す。
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2030/2/11

(無題)  

床堅先達さん御苦労さまです。
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2030/2/10

(無題)  

法斧先達さんも御苦労さま
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2030/2/9

(無題)  

閼伽先達が閼伽水をかけていきます。
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2030/2/8

(無題)  

宝弓の儀 山主による祈祷
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2030/2/7

(無題)  

火伏せをします。これは大事なこと
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