ホテル美里についての説明・解説する  

運動の弁証法が実際問題の現実的な解決上必要だと思って、高橋教授に弁証法の取り扱い方を尋ねると、どうもそういう実際問題は、問題自身が間違っているらしいということを教えられたわけである。
 要点は、ヘーゲルの純有が如何にして直接的であり得て、従って何故に無に対して無媒介的に対立し、そして又それが如何にして媒介されるか、ということの説明にあった。氏は之を抽象作用という観念的な手段を用いて観念の内部で統一して了った。観念の間の統一としては全く結構だと云って良い。だが、有というのは、あるということは、実は何かの客観物があるということを離れては、その最も大切な使用の場合を失って了うという点に、もっと気をつけなければいけないだろう。有の始元は、或いは有が始元であるということは、高橋氏の哲学によるような抽象作用とか体験の全体とかいう観念に於ける操作から来るのではなくて、もっとハッキリした吾々の日常の経験によれば、吾々が住んでいるこの世界が存在しているという処から来るのである。有は観念のおかげで始元であるのではなく、その根柢に於ては、云わば物質のおかげで始元になるのだ。一体この場合、観念の弁証法と雖も、観念と物質との関係を、即ち物質が観念を外界に於て超越し、而も観念が他ならぬこの超越した物質を把握しなければならぬ、という悲劇にあるので、それを観念の抽象作用で片づけて了っては、解決ではなくてブチ毀しに他ならないではないか。尤も之も観念の名誉のためだと云うなら、もはや致し方のないことであるが。
ブルジョア哲学が観念論である所以は 、一方に於て、夫が唯心論的な体系を立てるからばかりではなく、他方に於て、その必要から形而上学的な範疇――論理――方法を使おうとするという処に見出される。
0

teacup.ブログ START!  

ブログが完成しました

ケータイからも、閲覧、投稿が可能なので、どこからでもブログの更新が行えます!

teacup.ブログはひとりで複数作成可能なので、ブログの内容によってブログを使い分けることもできます。
ブログ追加新規作成

また、投稿の仕方、管理画面の使い方につきましては、ヘルプ一覧ページに詳しく記載されています。
ヘルプ一覧

*この記事は管理画面から「投稿の管理」→「削除と編集」より、削除または編集していただいて構いません。
0




AutoPage最新お知らせ