★大切なご連絡★  日記

★お知らせ・★

私自身阪神淡路大震災で被災しました。
そこで祖父母を亡くした時のことを今でも
夢に見ることがあります。

まだ瓦礫の下にいることが分かってはいても
住居は押しつぶされていても、まだどこかに
非難しているかもしれないと避難所をいくつも
まわって探して・・・
少しでも似ている人がいたら飛び上がるほど
走って顔を見ては違うと落ち込んで・・・

やっと祖父母と会える時には生きていたときの
顔を覚えておいてあげてくださいと私たち子供
には会わせてもらえませんでした。
だから前日まで元気にしていたのに一瞬で・・・
といくら年月が流れても信じられない感じが
まだあります。
祖父母の死を知った知人は2人一緒に逝けて
良かったと言う方が多くいました。
実際励ましのつもりで言ってくれたのかも
しれませんが、少なくとも私はまだ子供だったし
何が良かったの!?とそれを聞くたびに当時は涙を
こらえるのに必死だったのを覚えています。

当時のことを思い出すと勝手な発言ができないほどに
考えさせられてしまいます。

十分頑張っている方たちに頑張ってとは言えないし、
何にも言葉はありませんが、自分にできることを
少しづつ行動に移していきたいと思っています。


私自身はまだ高校生で守る人がいない、両親から
守られて経験したもので、自分の家族ができ、
子供を持てた今、あの経験をもう一度となると
想像もつきません。

勝手なものでやっぱり年末・年始になると
毎年夢に見るということはその日が近づく事で
思い出しているのだと思います。

関東の方は輪番停電など実際に協力されていて
テレビで映像を見るだけでも本当にご苦労
されていることと思います。

まぁ坊は鹿児島の出身で、震災の話しは知り合って10年
以上たつのに今回初めて2人で考えました。
まぁ坊のお父さんは自衛官で災害派遣とかで、
家族が一番不安なときに家を出かけて行くことが
多くて小さい頃家を長く空けていたお父さんが
帰って来たときに「この人誰?」と怖くてお母さん
の後ろに隠れていたそうです。
物心ついてからはもちろんそんなことはなく、
お母さんと兄ちゃんと3人でお父さんがいなくても
協力するように、と声をかけて出かけていく
お父さんを誇らしく思っていたそうです。
被災はしていなくてもそういう状況の時に家族の
安否を確認できずに不安でただ再会できるのを
待つだけというのは本当につらいことだと
話していました。

そこで私たちにできることって…と考えると
本当に何もできないんだなぁと。

Handmade Journalとしてオークション等で
それこそ東北地方、関東地方の方とのたくさんのご縁がありました。
今まで材料費等を差し引いた売上のほんの一部ですが、
寄付をさせてもらおうと思い準備をしました。
また復興されるまでは毎月の売上から何割かを寄付させて
もらえるように頑張って活動させてもらいます。
けっきょくは自分の為のようですが他に今できることは
思いつかなくて、ごめんなさい。

また現時点でオークション・ネットショップで落札・
お買い物してくださってご入金がまだの方はこんな
事態ですので、いつになってもけっこうですし、
一度お取引を白紙にしてくださってけっこうですので
またご連絡ができる状態になりましたらこちらは
いつまででもお品物を保管してご連絡をお待ちしております。


皆様のご無事をお祈りしております。
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