2012/12/10

回想6  亮一

2001年

当時よくチェックしていたのが関連のBBSだった。詳しい人達がうようよ集まって情報交換をするので非常に勉強になった。この時に知り合った中には今でも交流がある方々が何人もいる。 今みたいにカチカチっとやれば曲がジャーンて流れてくるようなことはなく、ただひたすら情報交換と討論が行われるものだったが、知識欲が半端じゃない時期だったので、ひとつひとつの書き込みを楽しみに見ていたのをよく覚えております。

この頃、知り合った方から激烈にプッシュされたバンドがあった。あまりのごり押しぶりに僕も気になってシングルを集めたCD買った。ド頭から、魂グイッと持っていかれたのでした。そういう音楽との出会いって人生で何度あるのか知らんけど。そうないやろ?思春期やからとか、違いますよこれは。ねえ。GRIFFINというバンドでした。

10年経ってまさか射延さんと同じステージに立つとは、申し訳なさを感じた程、特別な感動があったのでございます。
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2012/12/3

回想5  亮一

2000年
99年からこの年にかけては、カラーギャング的な集団がうじゃうじゃ発生したのであります。どこまで本気だったのかは知りませんが。完全にドラマ「池袋ウエストゲートパーク」の影響である。暴走族ですら特攻服を脱ぎ捨てカールカナイのセットアップに身を包んだ頃。沢山の友人も日に日に染まっていき、どこ行ってもセットアップ集団に出会うような感じである。私のところにも何度かお誘いはあったのだが、ちょっと俺は…。確かにドラマは面白かったから影響されても仕方ないのだが、活動内容何なん?て聞いたときに「市内見回り」と言われた一言は脳裏に焼き付いて離れないのである。

そんな環境のなかでなかなか同じ興味をもつ人間などそうそう見つかる訳もなく、決まった友人のなかで音源の貸し借りをして楽しんだ。ただし、ある程度の都会に住む方にはピンと来ないかも知れないが、外部の情報が驚くほど入って来ないのである。DOLLは読んでいたが、現実的な情報としてイマイチとらえられない。触れたことがないから。

だから、その現実のエネルギーに触れたとき、もう、取り返しのつかないことになってしまったのだろう(笑)

それももうちょっとあとの話。

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2012/12/2

回想4  亮一

2000年
晴れて高校1年生となった私。持病の脚の病気もあまり気にならない程度に回復していたのでサッカー部に幼なじみの高橋兄弟(twins)と入部した。ちなみにこの弟の方は後にLAST REJECTION 2代目ベーシストとして加入することになる。その話は後程。関係ないので深くは書かないが、このサッカー部、くせ者を寄せ集めたようなチームでかなり思い出深い。隣の部室に小便撒き散らすわ、喧嘩になった相手チームの選手の背中に助走付きのカンフーキックかますわ(試合中)、 スーパーの中でで惣菜食ったあとに金払うやつとか(笑) そんな環境でサッカーをしながらもよりパンクに傾倒していったのである。この頃の話をするのに欠かせないのはJOHNNY THUNDERSなのである。LAMFは何回聴いた事か。 狂ったように毎日聴いたものである。この頃楽しかったのは高橋兄弟も一緒にパンクどっぷりであったこと!三人でCDや洋服を交換しながら楽しんだのだ。イケてたかイケてなかったかは知らん。10代の純粋さは垢抜けなくとも全て眩しいのである。 そう思いたい。


ライブハウス通いも楽しみにしていたのだが、内容につまらなさを感じる事が多くなり、ほとんど喧嘩をしにいっていたような状況だった(笑)
なんとなく、俺がバンドはやった方がエエの出来るんやないーん、みたいな調子こいた考えがあった。なんも楽器できんくせに(笑)


で、そうそう。私には2つ下の弟がいる。この頃中学2年生。どこでどうなったのか、すでにロンズデールにブリーチジーンズ、ブレイシーズ。もちろん坊主頭。彼が買ってきたSHAM69やCOCKNEY REJECTS、4-SKINSなどにも心踊らされたのである。名前を関野雅満と言います。



ああ、眠たくて文章があっちゃこっちゃ行きよるわ。初めからか(笑)
明日時間があればまた!次回は「ヤンキー化が止まらない!!」の巻!
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2012/12/2

回想3  亮一

1998年
めでたく2年生になった私はファッションもパンク色の強いものになっていました。DOLLを初めて読んだのもこの頃でしょうか。パンク色が強いって言っても、きちんとしたアイテムは無理して買ったジョージコックスくらいで、だって、パンクショップなんかもちろんないですし、いや、小倉にUNが存在したがそのときは知らなかった。インターネットなんかそんな普及してないし、鋲ベルトですらヤンキーショップで手に入れたのである(笑) DOLL の後ろの方に広告載せてた名古屋のエレクトリックに行きたくて行きたくて…。各お店、カタログ取り寄せが出来ると知ったのはその数年後で…。そんなエレクトリックに行ったことのあったイカした従兄弟のみっくん。当時、みっくんにも多大なる影響を受けたのである。「そのパーカーの絵の人等は何なん?」 「これはSMALL FACESてモッズのバンドよ」 SMALL FACESを知ったのも彼のお召し物からである。即、CDを買いに行った。また、訳のわからん国内編集盤であったが(笑)

そう、思い出した。初めてライブハウスに行ったのもこの頃のはず。学校のちょっと悪い先輩はみんなコピーバンドをやっていた(ハイスタンダードとかブルーハーツとか) 初めて生で聴くバンドの音に心奪われた。あんまり演奏とか細かく聴いてなかったと思う。いや、聴いてもわからんかったんか(笑) ただ、ひたすらみんなハイスタとブルーハーツで弱冠面白くないなと…。言えんかったけど(笑)
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2012/12/2

回想2  亮一

同1997年
相も変わらず奇怪なファッションが横行する私の周辺。ファッション雑誌のチェックは日課であった。仲間内でも多くの人間が愛読した某雑誌には毎回ストリートスナップが掲載されており、その人のコメントも一緒に掲載されていたのだが、何故かその頃は皆、好きなブランドと好きなバンドを載せるのが定番となっていた。そして、そのなかでビジュアル系バンドに混じりながら、圧倒的に興味を引くバンド名。そう、SEX PISTOLSである。いや、バンド名だけに興味をもちまして。だって見たことも聴いたこともないし。ボンテージのねーちゃんが乳振り回しながら唄うくらいに思っていたのだろう(笑) 正直、すぐにCDを買ったかどうかは定かではない。覚えていない。ただ、最初に買ったのはシリーズもののベストアルバムであった。そして、帯には「みんなピストルズで大きくなった」と書いてあった(笑) これ言うと、逆に狙ってるみたいに思われそうなんで嫌ですけど、マジで、びっくりしたのであります。わからん、何故か、これだと思ったのです。97年時にはすでに20年前の音楽、決して重たくない、速くない。黒夢の方が速い(笑)歌詞やろ、多分歌詞や。そう考えると、訳のわからんジャパンオンリーの編集盤を買ったのは正解だったのである。訳詞つきですから。
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