「頑張ったらあかん」と昨日も話した。
これは頑張る人には??だろう。
「いや、頑張らな出来ねいやん」ともいうだろう。
もちろん、私も「ちゃんと、頑張れ」という。
これは、頑張る中身の間違いの話だ。
「頑張るな」というのは、「自分の思い」に頑張るなだ。「ええ〜〜」思いに頑張らなければ何を頑張るのか?自分のやっている「その事をしっかり理解し、そうなっているのかどうかの確認」を頑張らなければ行けないのだ。
「武道」の場合は、格闘技の人も来る。
アスリートもダンサーもいる。
もちろん、会社員や主婦もいる。
そこで、例えば、「棒で相手を倒す」という技術を練習するとする。
大方は「身体に力が入り」棒が相手を倒する動線を辿らない。
「倒したい!」という思いを頑張るからだ。
棒を繰り出している時に「絶対倒したい」が頭というか気持ちと言うか、そこを支配してしまう。
それを「頑張る」というのだ。
足は力み、全身は硬直状態になる。
ということは、当然倒すべき「棒」をどう動かせばよいのかに注意が向かない。
しかし、倒したいが支配し、身体から汗を吹き出すから「やっている気」になる。
結局、何もやっていないといっても過言ではないのだ。
そんなことは、誰でも知っているかもしれない。
理解しているかもしれない。
しかし、「その状態にならなければ」その事は分からないし、そこを超えることなど出来る筈もないのだ。
だから「知っていても意味がない」というのだ。
そこを超えていてこそ、その事を知っている意味があるのだ。
そして、そこを超えている人とは、無条件で分かり合えるのだ。
「明鏡塾」に本当に嬉しい報告が入った。
詳しくはhttps://www.meikyojuku.com/single-post/2018/05/02/%E9%96%A2%E4%BF%82%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E5%90%8D%E3%81%AE%E5%A5%87%E8%B7%A1 で。
「明鏡塾」でも「出来る」というワークは無い。
もちろん、その時点での出来るはある。
それをどれだけ高みにもっていけるかで、個人差がある。
もちろん、ここでいう差は、単なる時間の話だ。
講座のテーマの1つ「触れる」を、状況を変えて訓練をしていく。
「明鏡塾」をやり続ける理由の1つは、テーマを現場に持ち込み、その人なりに挑戦してくれるからだ。
そのことで、受講者は確実に進化すると共に、患者さんや利用者さんの奇跡的な回復や改善に繋がるからだ。
確実に前進している事を実感できるから、やり続けられるのだ。
昨日送られて来た報告は、『頭部外傷、左前頭葉・右後頭葉の脳挫傷、脳全体のびまん性軸索障害、微細出血。頭部外傷の70代の男性を担当不在の間に代行した際のことです。結論から述べると4か月間、寝るか座るかの人が、わずかな介助で50m歩けるようになりました。』というものだ。
この彼は何をしたのかというと、治療的な事は一切していない。
ただ、丁寧に触れる、丁寧に話を聴く。
それだけだ。
ここに「関係」のマジックが働く、つまり、人は反応するという状態を持つということだ。
言葉を替えれば、これこそが「愛」だ。
こころある医療従事者を、と思い達「明鏡塾」を起ち上げた。
6期を今月に終えるが、素晴らしい人達が確かに育って来ている。
彼らの役に立っている事が嬉しいし、その事が患者さんや利用者さんの役に立っている事も嬉しい。
◆東京・夏のワーク・ショップは6月7.8.9.10日
神田道場で行います。
場所の都合で1コマ定員30名です。