二日目終了。
今日も精一杯汗をかいた。
今日は、役者、ダンサー、理学療法士、柔整、整体、一般の人等、一番多岐に渡っていた。
そういえば、武道系はいなかったか。
北海道からの人が今日着き、沖縄からの人が2人帰り、1人来た。
高知の人は最終日までだ。
今日は、連動から入った。全体を知り、そこから部分に入っていく。
その度に、それぞれの仕上がりが変わっていくことに、みんな喜んでいた。
何時も書いているように、同じこと、出来ないことをいくら繰り返しても出来るようにはならない。
それを体験的にやることで、全員腑に落ちた感じだ。
連日、懇親会は面白い話で盛り上がる。
今日の盛り上がりは、色々あったが、子供の頃の遊びで、やはり敵味方に分かれてやる花火射撃だ。
これは、結構世代を超えて共通していたから、盛り上がった。
東京や兵庫、大阪、神奈川の人達は盛り上がった。
明日、明後日は定員一杯だから、動きのあるのは余り出来ないかもしれない。
東京ワークショップ初日終了。
今迄にない良い雰囲気でワークショップは始まった。
まずは定番の胸骨操作から。
初受講の方はもちろん動かない。
ま、何時ものように色々な事があり、ワークショップは進んだ
。関係塾になり、感情が大事だと言う話をした。
感情は駄目だと言う風潮のように、大方の人は感情的なのは悪だと捉えている。
感情しか人には通じない、と言う実際を全く体験していないので、分かりようがない。
だから、感情を育てて行きましょうになる。
感情が育っていないと言うのは、嬉しいも悲しいも怒りも無いのかと言うことになる。
では、あなたはロボットか?だ。
まぎれもなく人間だ。
感情的ではなく、淡々と話す事が大事だと思っているから、「意味は通じる」が気持ちは通じない。
どうするんや?
明日から後期の「東京ワークショップ」だ。
今日は、その下準備に道場へ行った。
明日は雨になりそうなので、傘立てがいるだろう。
ワークショップのメニューも書き換えた。
各ワークショップ会場で思い付いてやったものが、新しいメニューになることもある。
そうなった時、思い付いたワークは、直ぐに忘れてしまうので、書き留めて置く。
ここに来て、土日のキャンセルも出ているので、キャンセル待ちの人はラッキーかもしれない。
その前の平日は、まだ空きがあるので、飛び込みは大丈夫です。
https://www.hino-workshop.com/workshop-1
今回が初受講の人も大勢いる。
「身体を動かす」と「身体を使う」の違いから説明だ。
ただ残念なのは、いくらそれを理解しても実際には、身体を使えない事だ。
つまり、身体の状態と頭の理解に大きなギャップがあるという事だ。
実は、そのギャップを埋める事が、私のワークショップの目的の一つでもある。
単純に「出来ない」と取るのか、「一体、誰の身体なのか」と自分自身に突っ込む捉え方なのか、そこで大きく分かれてしまう。
私は、理解と実際ということを問題にしている。
それは、理解する力も大事なのだが、それ以上に実際に出来る事が大事だという考え方だ。
身体を使う、というのは、理解することではなく、気付いて取り組むことだ。
「胸骨を操作しますよ、この一点に注意を向けて」こんな言葉が連続する。
明日の初日は、何時も沖縄ワークショップを手伝ってくれている、ダンスの先生が2人来京してくれる。
東京の人と沖縄の人は違うが、沖縄の人はその違いから、何をお土産にしてくれるのか楽しみだ。
スポーツでもビジネスと呼ばれている世界でも、「モチベーション」という言葉が多用されている。
そして、そのモチベーションの要素を引っ張り出し、段階で表したり、分析されて使われている。
別段それはそれで良いのだろうが、私はピンと来ない。
日本人の私としては、やっぱり「気持ち」という方がピンと来る。
もちろん、今の若い人達は、もしかしたらモチベーションの方がスッと入るのかも知れないが。
そのスッと入るにしても、入らないにしても、スッとが大事なのだ。
無条件で自分に響いてしまう言葉が、自分を動かすそのものなのだ。
そこの回路がどうなっているのだろう、と思う人が沢山いる。
特徴は言葉の数も多いし、ピンと来た表情が見当たらない人だ。
言葉の数が多い時、注意して聞いていると、話の為の話になっている事が多い。
つまり、実際の何かがあり、それに付いての解決を探しているのに、話だけになってしまっている事だ。
もちろん、稽古も同じだ。
例えば、一つの形があり、それが出来ないとした時、その形の中で、考えなければいけないのに、形を変えてしまい現象だけの辻褄合わせになる事だ。
どうしてそうなるのか?
もちろん、形が変わっても良い場合もある。
それは、その形の要素を含んでいる場合だ。
要素の何かが出来ないから、それが出来ないのだから、形を変えて取り組んで見る。
それは良い事だ。
しかし、そうならずに、形が変わって別の事になってしまっているだけになる。
何を誤解しているのだろう?
先日の大阪武道ワークショップで、ふと「直突き」を試して見たくなった。
とは言っても、サンドバッグもない。
まさか直接生徒を殴りたくはない。
たまたまミットが一つ有ったので、軽く当ててみた。
何時もいう「肘」だけの操作だ。
膝も胸骨も、連動も体重の移動も無し。
「肘」だ。
生徒が飛んでしまった。
今日の神田道場でも試してみたら、同じ事が起こった。
それを振り返ってみると、10年前はまだ力みがあったのだと感じた。
自分では力みは殆ど取れているだろう、と思っていたが、大きな間違いだった。
という具合に、出来てみると分かるのだ。
とは言うものの、これが終点ではない。
現時点では、10年前は力んでいたと分かったというだけのものだ。
確かに果てしのない道を歩いている。
それは「こんなもんじゃないだろう」と何時も思っているからだ。
もちろん、「こんなもん」というのは、私の掴んでいる技術の事だ。
まだまだ入り口かも知れないし、もしかしたらとんでもない間違いをしているのかも知れない。
ただ私は、そんな事には全く興味がない。
だから、果てしのない道を歩けるのだ。
もし、そう言った事、つまり、未来に不安を感じる人が、何か事業をしているとしたら即刻やめた方が良い。
信じるという言葉も、成功という言葉も、自信という言葉も何もなければ、ただやるだけになる。
その時に、その自分を信じれば良いのだ。
よく「本気で」と書き行き詰まってしまう。
本気を変換出来ないからだし、私自身の中で整理できていないからだ。
ふと、何時も使っている言葉で、本気に見合う言葉に気づいた。
それは、「何が何でも」だ。
もちろん、順序として「本気」があり、それは「何が何でも」と続くのだが。
本気でこれをしたい、と思った時、「何が何でもか?」と自問すればよい。
そこに隙間があれば、あるいは、何がしかの言葉が入ってくれば、それは「本気」ではないという事だ。
本気には言葉はない。
その本気に見合った行動がそこにあるだけだ。
「動いてしまっていた・言ってしまっていた」になり、それこそ武道でいうところの心身一如の状態だ。
ま、そんなことはどうでもよくて、とにかく「何が何でもか、どうか」が本気の側面だ。
「本気でこれをやります、やりたいです」という若者は多い。
しかし、結果として3日坊主になる率も高い。
もちろん、それが悪いのではないし、間違っているのでもない。
「本気でやる」から、自分の思っていたのとは違う、と判断しやすいからだ。
昔は「尻をワルな」とよく言ったものだ。
尻を割るというのは、三日坊主は駄目だということだ。
何でも辛抱すれば、結果は付いてくるという事でもある。
私が、親から何時も言われていた言葉だ。
尻割のアキラと言われていた。
これは、先程の一生懸命にやるから、「これは違う」と判断していたからだ。
しかし、私も「諦めずにやれ」という。
これはどういうことだろう?
どうも、自分にピタッとくることと、ピタッと来ないことが、事前にあるような気がするのだ。
ピタッと来るものを選んだ時「諦めずにやれ」だ。
ピタッと来ないものも、自分では分からないから取り組む。
しかし、三日坊主になる。
それはきっとピタッと来るものでは無かったのだろう、と解釈するしかない。
何かに取り組み続けているが、今一つ自分として成果の出ていないもの、自分の思った、あるいは想像した自分にはなっていない場合、一歩下がって自分を観察する必要がある。
ピタッとではないかも知れないからだ。
今日は、大阪マラソンだった。
会場の目の前を走る。
そうなると、道路は全部閉鎖だ。目の前に会場があるのに渡れない。
マラソン選手の人達には悪いが、時間が無いから何とかせぇだった。
そのおかげで、マラソンの事を知らない地方からの受講者は、道の大回りを強いられた。
「大阪・明鏡塾」2期3回目の講座を終えた。
やっぱり大阪は凄い。
おっちゃんが2人寄ると、もう止められない。
一寸したエピソードワークも、とんでもないことになる。
大爆笑も止まらない。
それが集中された空間の中で、突如起こるのだ。
それこそ意識の切り替えだ。
これは東京では絶対に起こらないドラマである。
年齢が高いと、気持ちに余裕がある。
そうすると、出来ないワークがまず煮詰まらない。
だから、雰囲気は明るい。
ワークは進む。
そんな1日が「大阪・明鏡塾」である。
「大阪・明鏡塾」の体験セミナーを終えた。
東京の体験セミナーに日程が合わなくて、千葉からわざわざ受講してくれた人もいた。
しかし、言葉を交わしてみると大阪弁。
「中崎町の方に住んでました」だった。
つまり、全員大阪なので、楽しい乗りでセミナーは進んだということだ。
もちろん、懇親会も大阪のノリで、大爆笑の連続だった。
また、職場の違いはあるが、介護士が2人も受講してくれたのは嬉しいことだ。
明日は、大阪武道ワークショップだ。
3連休の真ん中だから、余程時間のある人しか来ないだろう。
逆に言うと、みっちり出来るということだ。
土佐の一本釣りの漁師の方も、シーズンオフなので受講してくれる。
胸骨操作が出来るようになり、バテなくなったのと、若い人に負けないようになったと嬉しい報告を受けている。