法林院は、1669年(寛文9)に建立された、徳川綱吉の生母ゆかりの寺としても知られる黄檗山塔頭寺院です。四季の変化を樹々の彩りや野鳥たちのうたにのせて感じることができます。草花に想いを寄せ無心に かえってみませんか・・・。

2016/10/31

顔をみる  季の散策

なんでも人は、点が三つあると、
人の顔に見えてくるそうで、
シミュラクラ現象というそうです。


そんな脳の働きは知らずとも、
秋空に浮かぶ雲を動物や食べ物に準え、
また車や電車、いや、家々にも「顔」を
見いだしては、面白がったりしたものです。



もっとも、人の表情は複雑で、
とても点3つでは表せません。




怒っているのか、
笑っているのか・・・。



いつも誰かの表情を気にして、
あるいは、自分はどう見られているのか、
そればかり気にするのも大変ですよね。




空の雲に好きなものを連想するが如く、
ありのままの心でいいのではないでしょうか。






陽だまりに野良猫の顔がほころぶ、
法林院の午後・・・。



               合掌


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2016/10/30

よく晴れた日曜。  季の散策

逃げるのは恥だが役に立つ。

ハンガリーのことわざだそうで、
今、TVドラマのタイトルにもなっています。


世界各国にことわざがあるわけですが、
生活慣習の違いからか、考え込むものも
少なくありません。



馬鹿は同じ石で2回つまずく
        〜ハンガリー〜


仕事をしなければ、ケーキはなし
        〜チェコ〜


毛布が小さければ、身体を丸めよ
       〜フィリピン〜




どの国のことわざも、
永い歴史の中で継がれてきたものでしょう。
では、IT、グローバル化の進む現代に
生まれることわざは、次代にはどんな風に
伝わっていくのでしょうね・・・。




何度となく、
秋の日は釣瓶落としと、
一人言ちる、法林院の午後・・・。


            合掌




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2016/10/29

まくら話の秋  季の散策

落語にはまくらと呼ばれる冒頭の
導入部分があります。


本編解説、自己紹介、そして場の和み。
まさに本題への導きなんですね。




私たちも知らず知らずに、
まくらを身につけていることに
お気づきでしょうか。



天気話も然り、健康談義も然り。
コミュニケーションに欠かせない、
そんな話の始まり。



もしまくらがなければ、
人との関わりはずいぶんと
味気ないものになると思います。



さて、秋の夜長、
古典落語でも楽しみますか。
名作「金明竹」には黄檗山も登場します。




陽を伴いながらも冷たい風が
竹林を抜けていく、法林院の午後・・・。



               合掌






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2016/10/28

鈍色の金曜・・・。  季の散策

悩みを抱えているとき、
心に納めた本当の声を
人にいえるでしょうか。

はい。

いえる人も、
いえない人も、いて良いと思います。



抱えきれない重さに、
つぶされないように・・・。

ただ、それだけなんです。




小雨降る、法林院の午後に・・・。



             合掌

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2016/10/27

落ち葉を拾う  季の散策

落ち葉を拾って、陽に透かせば、
葉脈の中に今年の自分を見る気がします。


そうして、
あたりに敷き詰められたそれらを、
次から次へ拾い上げて確かめて
みたくなります・・・・。




答えなき、答えを探すが如く、
こんな衝動に駆られるのですが、
秋は、あるがままに深まっていきます。






冷たさを増す風が、
昨日から明日へ渉る、
法林院の午後・・・。



                  合掌



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