法林院は、1669年(寛文9)に建立された、徳川綱吉の生母ゆかりの寺としても知られる黄檗山塔頭寺院です。四季の変化を樹々の彩りや野鳥たちのうたにのせて感じることができます。草花に想いを寄せ無心に かえってみませんか・・・。

2017/1/21

その巡り合わせとは。  季の散策

人の意志を越えて、
幸、不幸を与える力、
その巡り合わせということ・・・。


運命を調べると
こんな言葉が並びます。



しかし、不幸が続く(と感じる)ときは、
確かに人智を超越した何かによって
定められているのかしら、と、
つい、弱音に支配されてしまいます。




ただ、
うな垂れて歩く帰り道。




振り絞るように、自分の声を
確かめれば、まだ手はあると、
冬枯れた言の葉が舞う、
法林院の午後・・・。



            合掌






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2017/1/20

諦めの先へ・・・。  季の散策

諦める勇気、
諦めない勇気・・・。



生きていると
必ずぶつかるこんな分岐点、
いつも悩むところです。


ではと、生き死にまで
その俎上に載せていいもの
でもないでしょう。



本来無一物。

この禅の教えにして、
普遍の真理に差し挟む何物もありません。




しかし、
自身を「無」にすることは、
命を絶つことではないはずです。



勇気を持てなくてもいい。
わからなくてもいい。



生ききるために、
問い続けていい・・・。





陽に照らされて、
今、この一歩が軽くなる、
法林院の午後・・・。



         合掌









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2017/1/19

只一人。  季の散策

以前にも書いたと思いますが、
時代は、「お一人様」の百花繚乱。

衣食住のすべてに、
多世帯向けから個人向けへと
志向は変化しているようです。




自立か、孤立か、
自由か、孤独か・・・。



お一人様。


それぞれが、
そうなのですが、
あらためて
考えさせられます。





はぐれ烏も
言葉少なに佇む、
法林院の午後・・・。



          合掌





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2017/1/18

充たされるもの  季の散策

いつも
気にしていることは何ですか?

そう聞かれたら、
健康や家族、仕事に人間関係などが
多いと思います。


しかし、
無意識に、となれば、
多くの人たちが「電源」と
答えるのではないでしょうか。



それは、
スマートフォンや携帯、タブレット端末の
「電池残量」をいつも気にしている
ように思えてならないからです。



店舗によっては、
充電をサービスの一環と
位置づけていますし、
ちょっと充電させてください
という会話もよく耳にします。







新しい「強迫観念」かとは、
杞憂でしょうか・・・。






春を待つ樹々に
陽が充たされていく、
法林院の午後・・・。



           合掌





















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2017/1/17

陽を抱く午後・・・。  季の散策

陽だまりに身を寄せると、
暖かさが体にたまる気がします。



一日こどの春。



まだまだ寒さが続くなか、
ちょっと見つけては、
有り難く思うのです・・・。





眩しいくらいの照り返しに、
ひとときの春を想う、
法林院の午後・・・。


           合掌






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