法林院は、1669年(寛文9)に建立された、徳川綱吉の生母ゆかりの寺としても知られる黄檗山塔頭寺院です。四季の変化を樹々の彩りや野鳥たちのうたにのせて感じることができます。草花に想いを寄せ無心に かえってみませんか・・・。

2017/5/31

夏日に迷う  季の散策

全てを冬と比べては、
どちらが良い悪いを
考える、そんな季節です。



真夏ではないからこそ、
拮抗する想いがまた面白いもの。



水を触る手が心地よい。
いや汗が吹き出て疲れる。
薄着でいられる。
いやいや、
やはり汗が気になる・・・。



つまるところ、
汗をかくかどうかが
問題と気づくんですね。




夏は冬を、
冬は夏をひいき目に、
そうして季は移ろうのでしょう。




どこから来たのか、
ハクビシンも日陰に入る、
法林院の午後・・・。



           合掌











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2017/5/30

梅雨前の夏日に・・・。  季の散策

便利さにかまけて、
伝える力、表現力が
衰えてきたと自戒します。



つまりは、
携帯で写メを撮って
見せれば、事足りると
思いがちなんですね。


「これを探しています」
「こんな感じにしたいのですが」と、



言葉を尽くして相手に説明せず、
画像などで理解を求めるということ。




わかりやすいから
良いと言えば
良いのかもしれませんが、
一抹の不安を覚えるわけです・・・。









咲き始めた紫陽花の
淡い青さが眩しい、
法林院の午後・・・。



        合掌







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2017/5/29

どっこいしょ  季の散策

言うとはなしに
よっこいしょのかけ声が
随分と増えてきました。

どっこいしょは、
「六根清浄」が語源とか。


六根、すなわち、
眼(視覚),耳(聴覚),鼻(嗅覚),
舌(味覚),身(触覚),の五感に
意(意識=第六画)を足した人の意識の根幹を
清らかにするということ。


「六根清浄」を唱えながら、
神聖な山に入れば、自身もまた
清らかになれる・・・。


そう思い直して、
せっせと、
どっこいしょを唱えてはいますが、
節々の痛みは緩和されても、
心身清らかとはいかないようです。






立ち座りに
声は勇ましい、
法林院の午後・・・。


        合掌











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2017/5/28

道を求むる時  季の散策

いたずらに過ごす月日の多けれど 
         道を求むる時ぞ少なき」
 

                道元禅師




今、自分の前を流れる時間。
本当に納得のいく捉え方が
できているでしょうか。


足りないか、持て余すか、
また、逃げ出したいくらい
切ないものなのか・・・。




あるいは、
今、このときが
いたずらであってもいい。
そんな風にも思うのですが・・・。





少しだけ時間旅行の
途中下車を試みる、
法林院の午後・・・。



          合掌














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2017/5/27

快晴の週末に  季の散策

雲一つない、これぞ快晴という
週末、あまりに晴れ晴れして
いるので、何だか気恥ずかしさを
覚えます。



また、何かしないと
もったいないように
思われてなりません。




           

掃除、水やり、
空気の入れ替え。
そうして、自分を
陽の下におけば、
それだけで、
何かした気には
なれます。



我が身を抜ける風が、
五月の空を駆ける、
法林院の午後・・・。



         合掌


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