戦争の語り部さん その3

2013/2/22 | 投稿者: SUMIKO

この方は朝鮮戦争のとき、佐世保港で燃料輸送の仕事をしていたそうです。「アメリカさんが大きな船で燃料を運んでくるのさ。朝鮮から戻ってきた飛行機の燃料タンクを倉庫の横に積み上げておくのが自分らの仕事だった。カラとはいえ、多少はタンクの底に燃料は残っているがね。あの頃日本は酒が手に入らなくてさ。でも飲ん兵衛は大勢いてね夜中にホースもって忍び込んでくるのよ。燃料もアルコールだからね。あんな物旨くなかったと思うよ。メチルアルコール呑んで目がつぶれたのもいたね。自分は酒よりタバコだったね。だけど手に入らないから自分で作ったんだ。その辺の葉っぱを干してちぎって紙で巻いてヘリをツバでくっつけてね。ケムいだけだったけど無いよりマシさ。」
今は旨いタバコが吸えますね。といったら「あれから家内が入院してね、付き添い中は病院は禁煙だったから。それを機に何となく吸わなくなったね。」今は奥様もお元気で、とっても仲の良いご夫婦です。
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