2013/7/21 | 投稿者: SUMIKO

戦争の語り部さんこと、Kさんが老衰で亡くなりました。享年97歳。
今月中旬、いつものように奥様と夕食をおいしく食べ、テレビを観ていたとき、ふと「熱中症ってこんな感じなのかなァ」とつぶやいたそうです。
「え?』と思ってご主人を振返ってみたらグッタリしていたそうです。「しっかりして!」と抱き上げたとき、すでに意識はなく、救急車が来る前に亡くなっていました。
苦しまずに旅立っていったKさん。
戦友といまだに親交が続いていて日本全国、会いに行ったり、会いに来られたり、このことでけで彼のふところの深さ、人柄の良さがわかります。
物づくりが好きで、器用だったKさん。
日々の生活のひとつひとつを味わいながら過ごされている姿を見ていると私もそんなふうに生きたいと思います。
奥様の腕の中で息をひきとることができたのは、神様からのごほうびだったかもね。
Kさん、もっとたくさんのお話を聞きたかった。
今までありがとう。ご冥福をお祈りいたします。
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2013/7/8 | 投稿者: SUMIKO

子どもの頃、近所に紙芝居屋さんが毎日来て、私たちは水飴やソースせんべいを、そのおじさんから買って、食べながら色んなお話を楽しんだものです。私も大きくなったら紙芝居屋さんになりたい♡ 夢がふくらみました。そして今、紙芝居ではないけれど、地域の仲間と一緒に影絵を始めました! 題名は「かんたくんのいえ
人間は自分たちのために山をくずして広い大きな道路を造ります。けれど、山に住んでいた動物たちはさあ困った。食べ物がなくて町におりて来ます。けれど、猿もイノシシも畑の作物を食べて、人間にひどい目にあわされます。冬眠からさめたクマの子どもも、つかまってしまいます。でもこの仔は人になついて人間たちといい関係になるのです。環境の環をとって「かんた」と呼ばれ、子どもたちも大人も、みんな「かんた」と友だちになりました。
かんたは長生きしますが、それは山の中での生活ではありませんでした。かんたくんは幸せだったのでしょうか。これは島根県での本当にあったお話です。
友人の井上こみちさんの書いた絵本「かんたくんのいえ」を参考にさせていただきました。
今年の文化の日、福俵区民会館の文化展に出場予定です。その日に向けて着々と活動中。
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2013/6/6 | 投稿者: SUMIKO

5月30日、池袋のホテルメトロポリタンでの同窓会、アトムが出迎えてくれました。
テレビ関係者や声優さんなど総勢500名ほどが、なつかしさでワイワイガヤガヤ。昔にタイムスリップ状態。すると大画面に「鉄腕アトム」、「宇宙戦艦ヤマト」、「悟空の大冒険」、「リボンの騎士」、「ジャングル大帝」など、他にもたくさんの作品が映し出されました。そのたびに、あちこちから「あの時はこうだった、ああだった」と聞こえてきます。
私がアニメーターだった頃は「ムーミン」でしたが、版権の都合からか紹介はなく、ちょっと残念。一息ついて今度は清水マリさん(アトムの声)の司会で他の声優さんたちからのコメント。今だから言える話が聞けたり、大笑い。……あの頃は皆、若くて燃えてました。今もアニメの道を行く人、別の道を進む人、紙も白くなって年をとりました。でも「老けた」というより「深みのある顔」になっていました。私もそうだといいんだけど…。クリックすると元のサイズで表示します
会場です
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引き出物もこんなに
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アトムとウランの餡は白あんと黒あんです
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2013/2/22 | 投稿者: SUMIKO

この方は朝鮮戦争のとき、佐世保港で燃料輸送の仕事をしていたそうです。「アメリカさんが大きな船で燃料を運んでくるのさ。朝鮮から戻ってきた飛行機の燃料タンクを倉庫の横に積み上げておくのが自分らの仕事だった。カラとはいえ、多少はタンクの底に燃料は残っているがね。あの頃日本は酒が手に入らなくてさ。でも飲ん兵衛は大勢いてね夜中にホースもって忍び込んでくるのよ。燃料もアルコールだからね。あんな物旨くなかったと思うよ。メチルアルコール呑んで目がつぶれたのもいたね。自分は酒よりタバコだったね。だけど手に入らないから自分で作ったんだ。その辺の葉っぱを干してちぎって紙で巻いてヘリをツバでくっつけてね。ケムいだけだったけど無いよりマシさ。」
今は旨いタバコが吸えますね。といったら「あれから家内が入院してね、付き添い中は病院は禁煙だったから。それを機に何となく吸わなくなったね。」今は奥様もお元気で、とっても仲の良いご夫婦です。
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2013/2/10 | 投稿者: SUMIKO

〜未来へつなげ〜 KIZUNA
3月31日(日)
蘇我勤労市民プラザ 4Fホール
11時〜16時30分(入場無料・自由参加)
千葉県で自力整体の講師をしている鈴木照子さんが中心に
2011年3月11日に起きた東日本大震災、さらに原発事故…。
メディアでは最近あまり報道されませんがまだまだ収束には至っていません。私たちは、今、自分たちができることから少しづつ行動を起こしていきましょう。
当日はHIP・HOPダンス、チアリーディング、よさこい、フラメンコ、タヒチアンダンス、越中おわら節、弾き語りユニット、ギター演奏など。
お友達と一緒に、またはご家族で、楽しいひとときを…。
なを、カンパも受け付けています。
お問い合わせ 090-6489-9111(鈴木照子)

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2013/2/4 | 投稿者: SUMIKO

2月3日、仁王尊 妙宣寺にての豆まき、期待どおり楽しかったです。農業大学近くで山の中腹に位置する日蓮宗のお寺です。
気功を通じてご住職とお近づきになれたご縁でお声をかけていただいたのです。私を入れて100人位の人達が広間で裃(かみしも)姿でイベント前の時間。来賓の目玉、高安関(鳴戸部屋)の皆様も到着された頃、ちょうど3時になり、御堂でご祈祷が始まりました。外人さんも何人か見えて、豆まきのときは宗派はあまり関係ないのだな、日蓮聖人も懐が深いな、と思いました。お清めされたお菓子や餅、豆を升に入れていよいよ私たちは舞台へ。ここでは「福は内」とだけとなえてまきます。天気も午後になって晴れ上がる中、思いっきり撒きました。そのあと会食になり、樽酒で乾杯。
高安関は年男の24才。握手したら彼の手は肉厚でピンク色でとてもあったか〜い。お相撲さんからの気を今度の教室でみんなに分けてあげたいです。

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2013/2/1 | 投稿者: SUMIKO

2月3日、日曜日、午後3時から東金市の妙宣寺にて「豆まき」をします。地図はこちら
私も裃(かみしも)をつけて高い所から豆をまかせていただきます。これは一度やってみたかったことのひとつです。ワクワクしてます。
みなさん是非おいでください。
ここのご住職は私の「気功文化研究会」のお仲間です。
あふれる情報に溺れてしまいそうな現代社会。自分を見失わないように生きるのがかなり難しくなってきています。
現代社会に適応しすぎて価値観がおかしくなってしまいそうな今こそ「気功」が必要だと思います。
さらなる気功の詳しい説明は別の機会に廻すことにしましょう。
では「豆まき」で皆さんにお会い出来るのを、楽しみにしています。
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2013/1/15 | 投稿者: SUMIKO

きのうは東金でも雪が7センチも積もって運転も、歩くのも大変でした。
前回ご紹介した「語り部さん」は言います。
「満州で戦ってたときはこんなもんじゃなかったよ。大体、寒すぎて雪なんか積もらなかった。全て粉のように飛んで行ってしまう。飯ごうにメシを入れておくとカチカチに凍ってしまって喰えない。支給された毛皮の袋に入れてもムダさ」
この毛皮の袋というのは犬の毛皮もあったという。
戦時中、当時の日本では家族同様に可愛がっていた犬を「供出」といってお国の為に泣く泣く差し出さなければならなかったという話を知人の作家さん 井上こみちさんの「犬の消えた日 (幻冬舎文庫)」で読みました。
凍ったメシを見て兵隊さんも泣いただろうが、犬にしてみれば、命を奪われてまで差し出された毛皮がメシを保温することすらできなかったなんて。犬だって泣きたいだろう。
戦争はだれもが泣くことばかり。最近なんだか勇ましいことを言うひとが増えてきたように感じますが、実際に家族や、身内の体験を聞いたことがないんじゃない?


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