2011/3/5  15:33

図書館の葬式  

 このままでは「新聞の葬式」ではなく「図書館の葬式」をしなければならないかもしれません。
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2011/3/5  15:27

図書館の存在  

 高知市に大きな図書館が2つ必要かなどという問題ではない。

 高知県に大きな図書館がたった1つになってしまっていいのかという問題である。

 図書館の存在が高知県ではあまりにも希薄である。

 銅像よりも存在が希薄である。

 図書館は生身の人間、つまり、銅像のように考えず動かない存在ではなく、自ら学習し考え行動する人間にぜひとも必要なものなのだ。
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2011/3/5  15:17

合築案が出てきた背景  

 図書館合築案が出てきた背景は、県の役人も市の役人もろくに図書館を利用していないからかもしれない。それは、図書館が貧弱で使える本がないというとこにも原因はあるかもしれないが、そういうふうに貧弱にしたのも行政である。

 県の方は、実は県立図書館に市町村支援の仕事があるなどと認識していなかったのではないだろうか? だから二重行政などと的はずれな事を言う。市町村支援という仕事を市町村そのものが行うはずがないからだ。

 実は自分たちがさんざん二重行政をしてしまっているのではないだろうか?

 市の方は、分館・分室システムという存在を忘れてしまっていたのではないだろうか? これは、高知市内の人はどこにいても図書館が利用できるようにという考えで、全国でも先駆けて始まった誇るべきシステムなのだが、その後、完全に全国に遅れを取った。当の高知市が忘れてしまったのではないか?

 市町村支援とか分館・分室システムなどというものがなければ、合築案は必ずしも悪くない。ただ、これは、実に前時代的な古臭い発想だと言える。戦艦大和の巨砲のような発想である。一点豪華主義というものは、非常に貧しい発想だ。実際に金がないからと言って、発想まで貧しくなることはない。

 何とか根本から考え直してほしい。今後の高知県の知的基盤はこういうことで決まってしまう。もう後戻りはできない。高知県が今世紀中に消滅してしまってもいいのか。これからの世の中、知的基盤の脆弱なところには人が集まらない。
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2011/3/5  15:08

合築と単独の比較7  

 合築と単独の比較表をもっと見ていく。

 「物流体制の充実」とある。これは大きな問題だ。

 単独では、「単独が本の流れや搬送体制がシンプル」と変な日本語になっているが、意味はわかる。

 合築では、「物流体制そのものは単独でも合築でも変わらないが、市民図書館と県立図書館の2つの異なる体制が併存することとなる」とこれまた変な日本語で、これでは「変わらない」ということではなく、やはり違うのではないかと思う。ずいぶん、あわてて表をつくったものと見受けられる。

 2つの体制が存在するのは、むしろ単独の場合である。しかし、それぞれやっているから問題がない。

 合築で問題なのは、それが交錯してしまうからだ。

 例えば、合築新図書館の同じ蔵書に高知市の分館と県内の他の市町村からほぼ同時に予約が入ったらどうするのかということである。県の蔵書だったら高知市以外の市町村優先、市の蔵書だったら分館優先とかにするのだろうか? そんなややこしいことは誰もわかるまい。苦情が絶えない図書館になるとはこういう意味である。私が1番に予約した本がどこそこ町へ行ったとは何事だ、という騒ぎになる。納得なんかしない人はしないでしょう、特に県民性から言っても。

 こんなことに一日中ひきずりまわされている図書館がいい図書館になるとは思えない。職員で病気になる人も出てくるだろう。
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2011/3/5  14:20

合築と単独の比較6  

 合築と単独の比較表をさらに見ていこう。

 「協力貸し出し・相互貸借」として次のようにある。

 まず、単独整備の場合は、「それぞれのルールで運用
 協力貸出:県→市町村
 相互貸出:市町村→県・市町村、県→都道府県」とある。

 合築だと、「(1) 県・市の蔵書による運用ルールの違いを整理する必要がある
(2) 高知市以外の利用者の予約待ち期間の長期化や高知市民図書館の図書が県の物流に乗り、市民以外に使われることに対する懸念がある(対応策としては、協力貸出用の複本購入)」とある。

 これは、どう見ても合築にメリットがあるとは思えない。必要以上に複本を買わなければならなくなるのではないだろうか? これでは合築して不要な複本を整理するなどということと逆のことになり、合築そのものの意味がない。結局、合築とは論理矛盾を内包しているのだ。
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