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2020/4/11

中学生時代、幸田文の随筆で  その他つれづれ

4/9の記事 調理でボケ防止
facebookでお知らせしたところ

みひかるサロン・助産院院長の
池田匠美さんがこの写真を見てコメント。
     ↓
クリックすると元のサイズで表示します

「油揚げの断面が綺麗で、ハッとしました。
 そういう所でも器用さが出るんですね」

それを読んで私は(@@)!

「へーっ。そんなところに
 ナオミさんの視線が行くなんて、
 ビックリです。…後略…」

すると池田さん

「そういう視点とか、人の所作とか
 見れるようになってきました。私は
 料理ストレス>>育児ストレス
 だったくらい、ダメダメですが」

私からさらに

「私はピアノなどを習わせてもらえるような
 お嬢さん育ちではなく
 労働力として育てられた娘でした。
 そんな自分を友達と比べて、
 ずいぶんみじめに思ったものです。

 でも、中学生の時に何気なく目にした
 新聞に載っていた作家 幸田文の随筆を読み
 初めて自分に自信が持てるようになりました。
 その随筆の要旨は
 『台所のおと』⇒ クリックすると元のサイズで表示します
 を読むとわかるのですが…後略…」

池田さんは

「時代的にそういう方多いでしょうね。
 でも、新聞に出会ってよかったです。
 続編ブログ楽しみにしています」

ということで、少し書くことにした。

ここここの13p〜に書いたように
私は幼児の頃から足が弱かった。

子ども同士での外遊びを禁じられていたため
母の傍らで家事手伝いの毎日を送っていた。

小学校から帰ればすぐに親から
「これをしておけ、それから…」の連続。

部屋に籠って宿題や読書をしていたら
怒られるようなことも、しばしばだった。

小学3年生のときだったと思うが
同級生の〇ちゃんの家に
初めて遊びに行った。

すると、〇ちゃんのお母さんが

「〇ちゃん、お帰り〜
 おやつ食べたら宿題しなさいよ」

などと声かけているのを聞き、
こんな家もあるんや〜と\(@@)/

私は「お帰り」なんて
声を掛けてもらったこともなければ
そんなおやつをテーブルに
準備してもらったこともなかった。

制服のない学校だったため
小学4年生になると

「ボロ、汚い、臭い」などと
イジメられるようになり
卒業するまで続いた。

中学校に入って半年で左足が痺れ
バレーボール部を退部した後は
何の楽しみもなく陰鬱に…。

そろばん・習字・学習塾・ピアノ
などに通わせてもらっている
学友が妬ましかった。

そんなときに、何気なく目に入ったのが
新聞に載っていた作家 幸田文の随筆。

「父、幸田露伴は
 『女が自分がしたい仕事をし続けたいと思うなら
  家事、中でも炊事ができないと仕事もできない。
  それが世の中なんだ』と

 幼いうちから家事を教えてくれた。
 そのお陰で今、仕事ができている」

それを読んだときに
「それなら私は仕事のできる女になれる!」

と、自分に自信を持てるようになった。

その随筆の要旨は上に書いたようだと
ずーっと何年も記憶していた。

数年前、同様の内容がきっと何かに
書かれているだろうと
検索したところ
『台所のおと』に書かれていた。

台所から聞こえる音を聞きながら
想像するの炊事の様子の精密さが
とても素晴らしいので
興味がある方、ぜひ読んでみてください。

とにかく私は、
「一生食いっぱぐれのないように」と
看護婦・助産婦免許を取得。

大学病院で働き
第1子の産後休暇も明けて
働いているときのことだった。

「とてもしっかりした女性」と
私も一目を置いていたTさんが
産後ウツで休職してしまった。

ウツになった理由は
「食事を作れないこと」と聞いて

「やっぱり幸田露伴の言っていたことは
 正しいんや!」と思った。

その後も、Tさんに限らず
「食事を作れないこと」から
ウツになっていく女性を何人か見た。

女も男も、人生をしたたかに
楽しく歩めるかどうかは
“家事力”に
結構かかっていると思う。

孫達にも、学業成績もだが
それよりも家事力!
と期待しているのだが…、まあまあかな?
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