いよいよ与謝野晶子さんです

2015/7/17  12:19 | 投稿者: Momoly

昨日から、出雲に入りました。

 いよいよ 与謝野晶子さんを歌う日が近くなってきました

 フェイスブックに今立ち上げた記事です

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85年前の5月 山陰に吟行〜歌を詠みながらいろいろな場所を旅する旅〜をした与謝野晶子 寛夫妻の山陰吟行記念イベントの一環として 与謝野晶子さんの和歌を中心に歌わせていただきます。今回のイベントに向けて新作を創らせていただき、与謝野晶子物語として 一時間10分のモノドラマにさせていただきました。以前ユーハイムの朗読コンテストの審査時間の演目として毎年創らせていただいてた事を思い出しました。中には私のモモミュージカルの元になっている作品もあります。
いろいろな、図書館、記念館そして関係者からお借りした資料を読ませていただくにつれて 与謝野晶子さん本当にすごさ、そしてこの時代の魅力にすっかり見せられていきました、智恵子さん光太郎さんから 平塚らいてふさん生田長江さんへと創っている私の曲達 人々が全てつながりました。そして キーワードが 鳥取砂丘 そしてなんと多磨墓地が。そんなモノドラマを創りました。山陰吟行のきりくちからこんなにもひろがるとは、驚愕の毎日でありました。そして今回の切っ掛けを頂いた方の想いもかけない挽歌となってしまいました。14歳に見た、鈍色の空は蘇りこの道に続いていたのを 示してくださった方に献じさせていただきたいとおもいます。20日絲原家におでかけ下さいませ!

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日々のお仕事の中 新曲を創り続けてきました
 今回のお仕事をいただいた 方に出来た作品を聞いていただきたくて
 急いでいました。

 そのかたを訪れて手渡したい、すごくそう思いましたが
 そのかたは入院なさっていました
 そんななかでも、お電話では何ども元気なそのお声をきいていました。
 私の質問にも元気にお答え下さり
 本番は今回は聞いていただけないかもしれないけれど
 退院なされば機会がある!でもまずモノドラマを録音して聞いていただこう
 
 その日の三日前留守番電話をお聞きして
 私は焦りました
 その日も急いで夜中録音していたのです
 そこで、訃報をしりました
 そのかたのお母様経由で

 えっ! 

 音がなくなる 私でした

 でも
 その夜 出来るだけ録音して
 次の朝 速達でだしました

 晶子さんは  芸術の殿堂に黄金の釘を一つ打ちたい と 詠われています

 この方も、 釘をうたれました

 あのかただと、かなり太い釘です〜〜

 私は あのかたに、教えていただいたこと
 歌にしてうたっていきます〜〜

  安らかにお眠りください
  今頃、晶子さんに逢われてるかな


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