2012/6/23

日本人がノーベル経済学賞を取れない理由  ビジネス・儲けの裏ネタ

ノーベル賞の中で経済学賞だけは、日本人受賞者が1人もいない。経済大国といわれているのに、なぜ日本からは、経済学賞受賞者が出ないのだろうか。

その大きな理由は、日本ではこの分野の独創的研究がおこなわれていないことがある。日本の経済学者は、欧米の論文を翻訳し、国内で発表するのが精一杯。

国内的には業績を残している学者でも、欧米で構築された理論を用いて、日本国内の経済を分析する研究が中心。

オリジナルな経済理論を打ち立てたり、国際経済を新しい視点で分析したという業績はほとんど見当たらない。

新理論を構築するという独創性の点で、外国の研究者と比べると、はるかに見劣りがし、英語で国際的にアピールできる人も少なく、ノーベル経済学賞には縁遠いということになっているのだ。

大阪の老舗は、なぜ薄暗いのか?

江戸時代、大阪の商人のあいだでは、「家を明るくしておくと、福の神が逃げる」という言い伝えかあった。暖簾をかけるのも、福の神を逃がさないためといわれた。

しかし、この話は、どうやら、あとからこじつけたものらしい。というのも、店を薄暗くする風習には、いかにも大阪商人ならではの理由があったからだ。

ひとつは、照明代をケチるため。さらに、店内を明るくしておくと、ほこりなどか目立つため、つねに掃除しておかなければならなくなる。

店員の衣服だって汚いままでは目立つし、家具や調度もそれなりのものを揃えなければならない。

それに、肝心の商品も、アラが目についたり、色あせたりしかねない。そんなわけで、店内は薄暗いほうがなにかと好都合だったというわけである。


「節分には恵方巻」の仕掛け人は?

節分といえば豆まきと相場か決まっていたが、最近にわかに「恵方巻」派が増えている。恵方巻とは、節分の日にその年の恵方(歳徳人の在する方位)に向いてかぶりつく太巻き寿司のこと。

福を巻き込み、縁を切らないように、太巻き寿司を切らずに丸ごと食べる。また、願い事を念じながら無言で丸かぶりすると福を呼ぶといわれている。

起源については、江戸時代末期から明治時代初期にかけて、大阪・船場の商人による商売繁盛の祈願事として始まったといわれる。

戦後にいったんすたれたが、大阪の海苔問屋組合が1977年に節分の恵方巻イベントを道頓堀で実施しだのがきっかけで復活。テレビなどで取り上げられたことで、全国に知られるようになった。

一恵方寿司」「丸かぶり寿司」などとも呼ばれている「恵方巻」。最近ではコンビニでも発売され、ヒットしている。海苔問屋組合の販促作戦は大成功といったところである。
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