2015/6/21

犯罪者の権利ばかり擁護するような社会であれば受け入れられたかもしれないですが  

今の日本は犯罪をする者の権利ばかり主張するような人権団体が増えたため、犯罪者は言ってしまえばやったもの勝ちな状態に近いのもあります。

その中で酒鬼薔薇自身が書いた、自慰にも近い本をだすのはやはり反感がありますし、遺族にしてみれば許せるものではないでしょう。

【速報】 在日酒鬼薔薇の本名と現住所、ついに特定される!!!!! 墓穴掘った殺人鬼、完全終了wwwwwwwww

仮に在日だとしたら在日だから優遇したという事も言われ続けるでしょう。
犯罪の影に差別ありなんて言説がこの前飛び出していましたが同じように差別されても犯罪に至る人は少ない方です。

むしろ、差別もない状態で犯罪をする人の方が多いでしょう。
だから気質の問題というのもあるといったほうがよいと思います。

そういう人たちは果たして権利を守ってしかるべきか否か、という事も論議されないといけません。
この前も、無期刑の際に出てきたらまた殺せると叫んだ犯人がいましたが、そういう人も権利を守るべきなのでしょうか?

誰にも反省するチャンスはありますが、反省しない人、死刑になって初めて反省する人なんていう犯罪者がいる限り(数も比較的多い)、また再犯者も多い現状、刑罰の厳罰化という面のほかに犯罪者を守る事だけが人権擁護のような考え方の人への提言は必要になってくるとおもいます。

今回のこの本の出版はそういった議論を巻き起こすとともに、本当に在日出会った場合、また在日だから出版などである種の英雄化をしようとしてたのだというのであればもっとも厳しい処罰が必要になるのではないかな?
なんて思う事もあります。

犯罪被害者の権利を守ることや反省を促し償いをさせるというのは、確かに基本です。
でも犯罪を反省する事もなく自分のやった事で傷ついた遺族などがいる事にもなんら感情を動かされない人の場合、やはり相応の刑罰があって然るべきだし、社会も受け入れる事に対して区別が必要ではないか?
なんて思うのです。

過去の過ちを受け入れて、更生させるというのは確かに美しいかもしれません。
でも、更生をする事がない犯罪者には相応の厳しさをもってあたらないとそれは精神的な殺人かもしれないし、窃盗または強姦だったりするかもしれないのですから。



  

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