2013/11/13


―夕張の夢の残り―

夕張市のズリ山に
石炭が10%ほど含有している
今後選別して取り出せば資源として充分使えるという

思いもよらぬ露天の資源が目の前に山積みなのだ

ズリ山とは
かって石炭を採掘した時に出た瓦礫が
当時の採掘・選別の過程で
少々の石炭にこだわりなく捨てた地球のガラだ

それがいたるところで次々と山となった
いわゆる瓦礫の山なのだ

そのズリ山の数たるやおびただしく
これまで長い間放置されてきた

つい数日前
もうひとつの石炭資源として
新聞の一面をこの記事が飾った

ズリ山は
日本の石炭産業の夢の跡だ
明治の産業革命は石炭の採掘から始まった

やがて北海道にも石炭の町が出来た
近代の日本を支えてきた町だ

エネルギー源が石油に代わるまで
日本の炭坑街は賑やかだった
映画館も連日満杯
テレビの普及は炭坑街から始まった
坑内へ向かう男達は毎日命がけで
今日を生きることに必死だった
よく稼いでよく使った
江戸の職人のように金離れが良かった
ケチな抗夫なんて恥ずかしかった
それにどこの家でも美味いものならいっぱい食べ
他人にも気前よく振る舞った
だから市場はいつだって祭りのようだ


しかしその一方で
各地の炭坑から悲しいニュースも相次いだ
あまりに地下深く掘り進んだため
ガス爆発や落盤事故が続いたのだ
石炭産業のその終わりは
ニュース映画に代わって
事故で悲しむ人々をテレビが伝えた
時は石油時代への転換期だった
やがてエネルギーはガスや原子力発電へと移り
すでに私達の家からも石炭は消えた

いま あの黒光りする石から炎がでるなんてなんだか不思議だ
鋳物のストーブが赤くなって
ガスを発して機関車のように勢いよく燃えた

中学校の教室
ストーブの周りは談笑の場
普段話さない者どおしが急に接近する場所
気にも止めなかった女の子がふいに美しく見えて
楽しげな友が羨ましく見えた
石炭運びの当番は誰もに廻ってきた
冬の教室の重大な任務だ
真っ赤になった熾に黒い石炭を投げ込むと
たちまち炎となった
子供達は自然に火の扱いを覚えたものだ


夕張のズリ山に
10%の石炭が含有している
かって
石炭の豊富さに
かまわず投げ捨てた瓦礫の中に
純粋な資源が
その残りが ズリ山に手付かずにあると言う
原発が立ち往生するこの時代
再び火力発電の石炭が注目されている

もしかして
夢の残りはもっと他にあって
「文明のズリ山が」人々の心の中にあるかも知れない


今 時代が昭和を懐かしんでいる
かって明治を懐かしんだ祖父母の時代
短かった大正を夢見た世代のように

私達は戦後の昭和を
あの無邪気さを懐かしんでいるのだ

前へ前へと進んで
新しい日本のために
捨てた筈の時代のズリ山がある

その中に
棄ててはならない大切なものが
今も10%程含有したままではないだろうか

しかも維新以来
「西洋化」へと急いだため
大事な何かを
「西洋の精神」や「日本の良さ」を
しっかり選別しきれないまま
時代のズリ山に 放置したままでは無いだろうか

西洋社会が長い間培ってきた「西洋なる良心」を
日本は明治の選別で間違えたかも知れないのだ

《西洋文明》と言う偉大な鉱脈から
「維新」を急いで
上っ面の西洋かぶれを
近代の競争原理だけを
選びとったのかも知れない

だから
時代のズリ山があるならば
いまや そこは宝の山に違いない
選別で棄ててしまった「西洋や日本の良心」が
10%は残っているかも知れない
宝は捨てた筈のズリ山にあるのだ


《なつかしい》感覚をたよりに 宝探しを始めればいい

大事なものこそが やがては
《なつかしい》ものになるのだから

きっと
時代のなつかしさとはそのことかも知れない

2013.11.13
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