2014/9/10


オープンしたばかりの素敵な店での
友情ライヴです
マスターはオールディズのシンガー
たのしいお酒がのめますよ

浅沼修
エルナイン記念 ライヴ

9月18日 木曜
7:30スタート
ワンドリンク1000円

白石区本郷通り8北 1ー22
石田ビルB1F
TEL598ー6700
よろしくお願いします
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2014/2/12


日本列島は真冬日だった


冬の嵐がやって来た
北海道はなんのこれしき驚かないが
関東じゃ おお騒ぎだ
街がお手上げだ

飛行機も車も 使えない
歩くのもままならない
怪我人 死者さえ出る始末
大混乱の一日だった


東京は45年振りの積雪
大記録だと!

1969年の東京の大雪
あの朝 私は
教養学部の補習講義に出るため
降り積もった雪道を
前をよろけながら歩く集団を
ごぼう抜きで急いでいた

足首まである 黒皮のチャッカーブーツを履いて
コートの襟を立て
北海道の冬支度
白い息を吐きながら
ぐんぐん 雪道を歩いた

気持が高ぶって
ずーっと頭の中に 歌が流れていた
キャロル・キングの「ロコモーション」
私は機関車に変身していた

まさかの大雪
関東一円は雪の朝の大騒ぎ


あれは祝祭だった
街も人々も
天からの眩しくも
美しい一撃をくらった

日常が使い物にならなくなり
それでも 行かなければならない
ひとも車も
荒ぶる空模様に
送電さえも 途切れてしまう
アナログの街は
たったひと晩の吹雪で手も無くしびれた

人々は通信のすべがない
FAXもケータイもない
休むしかない仕事も沢山あった


けれど――
69年の雪は
人も車も飛行機もずーっと少なかった

経済も小さかった

幸い
ほのぼのと雪を眺めるしか無い人もいた


辺り一面
白い雪景色だった

ふいに訪れた真冬の贈りもの

午後の陽射しは
みるみる街を溶かした

あの日
残された空は
青く透き通っていた
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2014/2/11


日本列島―冬 たけなわ!
さすがに 2月ですね
しかし この寒さ
もうすぐ 山を越えそうです いつものように


春一番のライヴです

――3月7日――

19:00スタート

札幌ファクトリー
アトリウムホール

ゲスト出演

ビアノ 辻千絵さん ギター 冨井昭次さん

どおぞ お越しを〜

入場はフリー
気楽にライヴをお楽しみ下さい
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2013/11/13


夕方
ブログをひとつ書いてホームページへ送り飛ばした
久しぶりに書いたら
つい力がはいって長い文章になってしまった


いつも
古いタイプの携帯で文章を書くので
全体が見渡せなくなる
まあ いいか

書き送ったら急に喉が乾いて
車を降りて目の前の市場に飛び込んだ
リンゴ売り場に直行

赤黒い余市産のリンゴを二個買って表に出た
シャツで表面のロウ分を入念に拭きとり
ピカピカに磨いて
夕空にかざして
くるりと眺めてからかぶり付いた

美味しい!
噛むほどに 皮から旨みが染みてくる
リンゴは皮が無ければつまらない
ナイフで綺麗にカットした果肉は
鋭角な切り口や 平らな面が口の中でちっとも面白く無い
咬み始めてようやくリンゴになる
噛ますにいたら単なるカットしたモノだ

それに比べて
まるごとかぶり付いたリンゴは
その瞬間
《リンゴ》として口中に飛び込んで来る
フレッシュジュースをほとばしりながら
かみくだいた複雑な果肉の形から
甘酸っぱさと皮の香りが口いっぱいに広がる
噛みくだいたどんな複雑な形でも
それが自然な形なのか
うまく頬の中に納まる
なるほど
自分の口の大きさで噛み砕いたからか


初めの一口はこの林檎玉との出会いだ
酸っぱいとちょっとビビる

今日 車の中で食べたリンゴは
11月の冬空の味がした
少し熟成が始まった頃だ
爽やかな酸味が嬉しい

丸かじりすると
リンゴの本性が現れる
冬を過ごして芽吹いた北国の果実だ

《林檎》の元気な味がする

ああ 林檎なのだ

2013.11.13
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2013/11/13


―夕張の夢の残り―

夕張市のズリ山に
石炭が10%ほど含有している
今後選別して取り出せば資源として充分使えるという

思いもよらぬ露天の資源が目の前に山積みなのだ

ズリ山とは
かって石炭を採掘した時に出た瓦礫が
当時の採掘・選別の過程で
少々の石炭にこだわりなく捨てた地球のガラだ

それがいたるところで次々と山となった
いわゆる瓦礫の山なのだ

そのズリ山の数たるやおびただしく
これまで長い間放置されてきた

つい数日前
もうひとつの石炭資源として
新聞の一面をこの記事が飾った

ズリ山は
日本の石炭産業の夢の跡だ
明治の産業革命は石炭の採掘から始まった

やがて北海道にも石炭の町が出来た
近代の日本を支えてきた町だ

エネルギー源が石油に代わるまで
日本の炭坑街は賑やかだった
映画館も連日満杯
テレビの普及は炭坑街から始まった
坑内へ向かう男達は毎日命がけで
今日を生きることに必死だった
よく稼いでよく使った
江戸の職人のように金離れが良かった
ケチな抗夫なんて恥ずかしかった
それにどこの家でも美味いものならいっぱい食べ
他人にも気前よく振る舞った
だから市場はいつだって祭りのようだ


しかしその一方で
各地の炭坑から悲しいニュースも相次いだ
あまりに地下深く掘り進んだため
ガス爆発や落盤事故が続いたのだ
石炭産業のその終わりは
ニュース映画に代わって
事故で悲しむ人々をテレビが伝えた
時は石油時代への転換期だった
やがてエネルギーはガスや原子力発電へと移り
すでに私達の家からも石炭は消えた

いま あの黒光りする石から炎がでるなんてなんだか不思議だ
鋳物のストーブが赤くなって
ガスを発して機関車のように勢いよく燃えた

中学校の教室
ストーブの周りは談笑の場
普段話さない者どおしが急に接近する場所
気にも止めなかった女の子がふいに美しく見えて
楽しげな友が羨ましく見えた
石炭運びの当番は誰もに廻ってきた
冬の教室の重大な任務だ
真っ赤になった熾に黒い石炭を投げ込むと
たちまち炎となった
子供達は自然に火の扱いを覚えたものだ


夕張のズリ山に
10%の石炭が含有している
かって
石炭の豊富さに
かまわず投げ捨てた瓦礫の中に
純粋な資源が
その残りが ズリ山に手付かずにあると言う
原発が立ち往生するこの時代
再び火力発電の石炭が注目されている

もしかして
夢の残りはもっと他にあって
「文明のズリ山が」人々の心の中にあるかも知れない


今 時代が昭和を懐かしんでいる
かって明治を懐かしんだ祖父母の時代
短かった大正を夢見た世代のように

私達は戦後の昭和を
あの無邪気さを懐かしんでいるのだ

前へ前へと進んで
新しい日本のために
捨てた筈の時代のズリ山がある

その中に
棄ててはならない大切なものが
今も10%程含有したままではないだろうか

しかも維新以来
「西洋化」へと急いだため
大事な何かを
「西洋の精神」や「日本の良さ」を
しっかり選別しきれないまま
時代のズリ山に 放置したままでは無いだろうか

西洋社会が長い間培ってきた「西洋なる良心」を
日本は明治の選別で間違えたかも知れないのだ

《西洋文明》と言う偉大な鉱脈から
「維新」を急いで
上っ面の西洋かぶれを
近代の競争原理だけを
選びとったのかも知れない

だから
時代のズリ山があるならば
いまや そこは宝の山に違いない
選別で棄ててしまった「西洋や日本の良心」が
10%は残っているかも知れない
宝は捨てた筈のズリ山にあるのだ


《なつかしい》感覚をたよりに 宝探しを始めればいい

大事なものこそが やがては
《なつかしい》ものになるのだから

きっと
時代のなつかしさとはそのことかも知れない

2013.11.13
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