「ぽぽろスクエア」は堺市に隣接する松原市天美我堂にある障がい青年が通う学びの場・自立訓練事業(生活訓練)です。特定非営利活動法人大阪障害者センターが堺(松原)に「学ぶ作業所」をつくる会(現在は「支える会」)と共同して建設し、2012年3月に開所しました。  「ぽぽろ」はイタリア語で「人々」、「スクエア」(SQUARE)は英語で「広場」の意味があります。  ここでは、日常生活・社会生活能力を身につけるとともに、大人になるための文化や地域社会・他の人との関わり方の経験を積みます。そして、何事にも自信を持ち、意欲的・積極的に取り組める「自立した社会人」をめざします。  それらの思いを表わす言葉の頭文字を集めてSQUARE(スクエア)とし、“多くの人が自由に集う広場”にしたいと考えています。  S…study(スタディ・学ぶ)  Q…quintet(クインテット・五重奏)  U…universal(ユニバーサル・万人の・みんなの)  A…accord(アコード・調和する)  R…relax(リラックス・くつろぐ)  E…enjoy(エンジョイ・楽しむ)  私たちは高校や特別支援学校高等部を卒業しても「もっとゆっくり、じっくり学びたい」という障がいのある方や家族のねがいは当然であり、権利として保障されるべきであると考えます。特に青年期は「子どもから大人へ」「学校から社会へ」と移行する大事な時期であり、障がいがあるからこそ時間をかけたていねいな移行支援教育が必要です。「学びの場・ぽぽろスクエア」のプログラムはこの移行支援教育と重なるものがあると考えています。  私たちは特別支援学校高等部に希望すれば誰でも通える専攻科(2年間)の設置を求めて卒後の学ぶ場・専攻科を考える集いを積み上げてきました。「つどい」は大阪障害者センターの子育て・教育部門である大阪発達支援センターぽぽろが事務局を担ってきました。現在は「卒後の学びの場・専攻科を実現する会」として事務局をぽぽろスクエアに置き、大阪府内に運動を広げるセンターとしてとりくんでいます。  このブログは「ぽぽろスクエア」の運営・内容の充実を支え、卒後の学びの場と専攻科の実現をねがって活動する「支える会」(『ぽぽろスクエア』を支える会)事務局(事務局はぽぽろスクエアに置いています)による情報発信・交流の広場です。

2012/12/13

パンツやぶれて丸三重県?  日々の活動報告

 先週の金曜日、スポーツの時間でした。
 この日の担当スタッフはTさん。
 この冬一番の寒さがやってきて、室内スポーツと決めて用意して来たのが「ダーツ」と「ころがし卓球」の二つ。

 まずは「ダーツ」から。よくやるゲームです。小さな日本地図めがけてダーツを投げます。ダーツがささったところの都道府県名を2つのグループに分かれて当てっこします。地図には番号がついていて別紙に番号の入った大きな地図が貼ってあって、投げグループの人から答えます。
 真剣な表情のMくん。
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 これは「ころがし卓球」です。目隠しをした学生に向かって鈴の入ったピン球を投げます。耳で位置を確かめながら板で打ち返します。視覚障害の方が楽しめるように考え出された卓球です。
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 金曜日の最後は一週間の振り返りの時間があります。みんな真剣に書いています。
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 そんな中で、私はMくんとついさっき終わったばかりのスポーツの振り返りをしました。
 別の部屋でクールダウンしていたかと思いきや、絶妙なタイミングで合いの手を入れ、「ダーツ」に参加して、みんなを和やかにしてくれたのが嬉しかったからです。彼代わりにメモをしておきました。
 彼は命中させた沖縄県を「大っきなわ」と両手で丸をつくって答えました。彼の「和」でとっても和やかになりました。
 私にはその時になぜか1学期に学んだ平和学習に重なって沖縄の基地のことが思い浮んできました。沖縄だけでなく日本中が基地の問題を自分のこととして考え平和を守る「大きな輪」でつながって欲しいと思いました。
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 社会科か受験勉強で習ったのか忘れましたが「すべってころんで大分県」などという覚え方?がありましたよね。そんなんで覚えたのかなぁ?
 しかし、これは知らなかったなぁ…「パンツ破れて丸見え県」、僕に任せてというような顔でニカッと笑って答えたので、爆笑でした。 


 この日もウィルヒマワリ(就労移行支援)さんの畑で採れた野菜がたくさん届きました。「B級品」と言っておられますがなんのその。支援学校の生徒さんが実習で仕分けされたというじゃがいもなどはとてもB級品には見えませんでした。いつもありがとうございます。
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 干し柿も美味しそうに熟してから固まってきました。2〜3回は揉んでやらないといけないそうですってね。つまみ食いをする学生がいて減りぐあいが早いなぁ…。

 さて、明日は健康福祉短大の学生さんとの2回目の交流です。お土産にこの干し柿を差し上げようということになっています。
 明日も自主ゼミの発表が半分残っています。発表予定の学生諸君!発表に遅れないできてな!!
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2012/12/7

ぽぽスク入口に怪しげな人影が…  

 ややや…、この人影はなんだ?!ぽぽスク駐車場の入口のチェーンに手をかけています!
 こら〜!と叫んで玄関から飛び出すとその輩(やから)に胸を押して玄関の奥に引き戻されてしまいました。
 駐車場から車を出そうとすると、最近は必ずチェーンがしてあるのです。この輩の仕業です。というか、いたずら心です。このあとの私の困った様子を想像して“ウフフ…シメシメ”というような顔をしてこの日も仕掛けておりました。

 さて、その輩の正体は誰でしょう?
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 そうなんです、Hくんでした。今やぽぽスクでは「帰宅部」は少数派になってしまいました。毎日の放課後活動が盛んです。別に放課後活動を推奨してきたわけではありません。彼らはぽぽスク放課後勝手連です。
 最後まで残るのがこの人です。

 放課後はみんな生き生きのびのびしています。ぽぽろは「子どもたちに第三の世界を!」と言い続けてきたので、これはいいことです。放課後クラブ活動が必要だろうか?と考えさせられます。そうしたらメリハリがついてダラダラと居残ることもないのかもしれません。いずれにしても自主的な時間管理の力が育っていくことを期待して待つという課題なのでしょう。まだまだ支援なしには時間管理は難しいのですが、一方でこちらが管理したり、規則を押しつけたのでは身につきません。彼らも我々も葛藤するところです。

 帰ってすること、楽しみがあってサッサと帰宅する人はそれでいいのです。
 彼の相棒というか親友のAくんは帰宅部です。直前までどんなにHくんとイチャイチャしていても帰りのミーティングが終わるやサッと帰宅モードに切り替わります。見事です。帰って好きな刑事もののドラマでも見るのでしょうか。それとも電車研究でしょうか。
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 これは、Hくんが暗くなって帰る直前にやる仕かけ(わな)です。Hワールドです。「(スタッフが)ヒモの中に入るとな、ビビッとなって未来に飛んでいくねん」
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 ゴミを散らかしたように見えますが、これも彼の仕かけです。
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 そして、最近やり出したのが昼休みの英語の‟自由研究”です。
Hくんはお昼ごはんが終わるのがいつも午後の授業が始まる頃ですが、この日はサッサと食べたので、午後のスポーツの授業がお楽しみかなって思っていたのですが、その前にOさんとの英語の勉強があったのですね。そう言えば、彼の自由研究も「ハリーポッター」から「英語」にテーマが変わったのでした。2月の「実践交流会」の発表が楽しみです。
 彼らは昼休みを自分なりに楽しく過ごすことを考えだしました。音楽を聞いたり、インターネットをのぞいたり、トランプをしたり…自主勉強したり…。
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 水曜日は社会見学の計画を半日でやりあげて、午後は大泉緑地公園に散策に出かけました。(と言ってもいい加減に計画を立てたのではありません。この日は授業の中で学生を代表してKくんが行き先の『なにわの海の時空間』にみんなの見ている前で電話をして予約の交渉をしたのでした。みんなで予約に必要なことや話し方などをホワイトボードに書き出しておいたので、ものすごく緊張していましたが無事やり取りができ(窓口の相手もゆっくり待ちながら対応していただいていた)、終わったときに拍手をもらっていました。)
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 公園ではみんなが思い思いに楽しむことができました。
 私は「僕もう帰る!」「僕のお姉ちゃんに言ってちょうだい。僕は犬と猫が嫌いなんだ。僕はねずみが好きなんだ。無理やり猫と犬を好きにさせないで。」と言うMくんの話をお手紙にして書いてあげ、20分遅れで気持ちを切り替えてから公園に向かいました。
 木登りをしているのはAくん。Yくんも「俺は狼だぁ〜」と野原を叫びながら這いずり回っていたので、木登りに誘うと彼も木登りが好きで得意だということが分かりました。
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 一週間に一回程度、こうした散歩や遊びがあったらいいなって思った一日でした。広い野原でわ〜っと騒いでストレス?発散させて、みんな気持ちよさそうに満足して帰りました。

 昨日は堺にある健康福祉短大保育学科の学生さんとの交流会でした。
 双方ともめっちゃ楽しそうでした。ぽぽスクの学生も予想以上に社交性を発揮して楽しく交流していました。次週はもう半分の学生さんとの交流が残っています。写真が、手元にありませんので次回と同時にアップしたいです。


 追伸:これは12月1日〜2日まで神戸市長田区であった全国専攻科研究集会での一コマです。
 前日の出来事ですっかり落ち込んで集合時間に間に合わず、パニックになっていたYくんと30分遅れで会場につきました。鉄人28号の前でヒーローものが大好きな彼らしくハイポーズ。
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 これは福祉事業型専攻科「エコールKOBE」さんの公開授業。授業と言っても毎週水曜日にやっているサッカーのクラブ活動の様子です。今のところ、クラブは一つしかないそうですが、放課後活動の必要性を感じていたのでとても参考になりました。
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 ぽぽスクの学生たちも少しずつ場なれしてきました。約200人の青年、参加者の前であいさつとダンス&手話歌を披露しました。
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2012/12/4

進路を考える  日々の活動報告

 先日、ぽぽスク便り第8号を発行しました。その中に、Sさんの記事があったと思います。相談支援センターのことが書かれていました。毎回書けるどうかわからないけれど、ということで書いて頂きました。それというのも、進路情報をかつては保護者の方にいろいろ出していたのに、今はそれができていない、ということに気付いたからだそうです。かつての保護者からの言葉がきっかけで。
 進路を考える学習会も予定していますが、Sさんの授業やアドバイスで、福祉の制度を利用して生活を広げようとする動きが、学生の中に出ています。とてもいいことだと思います。自分で生活のリズムをつかめるようになれば良いですね。周りの人との繋がりも幾重にも広がると思います。それがまた自律に繋がります。
 
 ぽぽスクでもまだまだできていないことがあります。気付いた方は、ぜひご一報下さい。

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 物づくりの木工で作ったミニチュアイスです。NさんとA君が作り、この後好きな色に塗装しました。糸鋸で作ります。自分の作りたい物を糸鋸であれこれ作って楽しんでいます。
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2012/12/2

世の中のこと  

 少しブログが途絶えてしまいました。すみません。
 今、ぽぽスクでは看板の取り付けをどのようにしようかと悩んでいます。大きい方は12キロあります。小さい方も6キロぐらいはあったかと思います。それで、素人がつけたら、風など吹いたときに危ないのではないかと心配で、なかなか決まりません。
 少しお金がかかってもやはり工務店さんに頼もうかということで、とりあえず聞いてみることになりました。せっかくの看板がバザー以来掲げられていないので、来年の実践交流会までにはつけたいなあ、と思います。

 ところで、先日私の友人の教師から原発のことを聞きました。大変わかりやすい内容で、ぜひ多くの人に知ってもらいたいと思ったので載せさせて下さい。子どもたちの未来のことなので、教師としてぜひ聞いてもらいたいということです。学びの場であるぽぽスク、とくに競争ではなく共感する力を育てようというぽぽスクにとっても大切なことではないかと思いましたので。長くなりますが。

「堺市内の中学校で働いている者です。

 2012年の七夕。福島の小学1年生が短冊に「逆上がりができますように」と書きました。その子は本当に逆上がりができるようになり、大喜びしたそうです。
 2011年の七夕。8歳になった小学生が今年は短冊に何を書いたのかお母さんがこっそりと見ました。短冊に書いてあったのは、「しょう来、ガンになりませんように」の文字でした。小学2年生の子が放射線被曝を深刻に受け止めていたのです。昨年7月、朝日新聞の「声」の欄にその子のお母さんが投稿されていました。

 東京電力福島第一原子力発電所事故を経た私たちが、伝えなければならないこと・共に学ばなければならないことはいくつもあると思います。
 まず、福島で起こったことです。広島原爆100発分の「死の灰」が放出・拡散したこと、現在も16万人が避難生活をしておられること。仕事も生活も壊されてしまった人たちがおられるということ。故郷へ帰れるかどうかわからないという悩み。残った人たちと避難した人たちとの間に生じたヒビ。もちろん高濃度の放射能の中、危険な事故の処理をしている労働者のこともしっかり知り、伝えなければいけません。
 2つ目は、放射能についての正確な知識。放射能と生物は共存できないということを科学的に伝えなければいけません。
 3つ目は、原子力発電所の仕組みと問題点の核心をわかりやすく伝える必要があります。原子力発電所はウランを燃料とします。広島に投下された原爆に込められていたのは800グラムのウランでした。1キロにも満たないウランであれだけの破壊を起こしました。100万キロワットの原子力発電所、多くの人が反対したにもかかわらず運転を再開した大飯原発3号機ぐらいの原子力発電所がそれにあたりますが、これが1基1年間運転すると、1000キロつまり1トンのウランを燃やします。当然大量の、広島に投下された原爆の何百倍・何千倍もの「死の灰」をつくりだします。プルトニウムもつくりだします。プルトニウムは核兵器の原料にもなります。
 現在の日本は、大量の「死の灰」とプルトニウムを持っています。これらを何百世代・何千世代にわたって、安全に管理していかなくてはならないのです。福島のような事故が起こらなくても、私たちは後の世代に大きな負担を押し付けているのです。
 このことを考えると、私たちは“反原発”“原発をゼロに”と叫ぶだけでは、不十分なのです。自然エネルギーの開発や普及も大事です。しかし、それ以上に重要なことがあります。原子力発電所を解体したり「死の灰」やプルトニウムを安全に管理したりするための知識と技術を持った人たちを育てなければならないのです。そしてその人たちを支える社会を築かなければならないのです。どちらが欠けても、人類の未来は成り立ちません。
 現在、さかんに“競争”を煽る人たちがいます。教育の場にも競争の原理を強化しようとする動きがあります。これはまちがっています。私たちが学ばなければならないのは、伝えなければならないのは、お互いの仕事や取り組みの意味を深く理解し、支え合うことの重要性なのです。」
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