2018/10/29

友達  エッセイ

更新をサボっていた3週間ほどの間
それはそれは様々な事があったのですが

それらを自分の日記帳ではなく
ブログでUPするために必要なエネルギーは

   ・自分の事を知って欲しい欲求

ともう一つ

   ・自分の事を知りたいと思ってくれる人がいる

という2つの車輪が必要だと常々感じています。

そして今は

ブロガーさんが私に興味を失っている
というのもちゃんと感じていますw

   少なくとも昔と比べて(゚゚)(。。)

私はある意味、面倒な『かまってちゃん』かもしれません。
だとしたら人が離れていくのも頷けます。

先日、FaceBookの『知り合いかも』で
見たことのある名前が飛び込んできたのて見てみると

20年以上前に
夜な夜なチャットをしていたメンバーの一人でした。

あのFaceBookというシステムは毒にも薬にもなって
知り合いが登録していれば容易に検索できる上
その友達関係も閲覧出来てしまいます。

あのメンバーが繋がってるのに自分が入っていないとか
みんな疎遠になったと思ってたけど
疎遠になってるのは自分だけだった

なんてことが目に見えて分かってしまいます。

さて、そんな事と平行して
私がたまたま読んでいた本が

   人生を動かす賢者の名言

という本。

文字通り、著名な人の名言を集めた本ですが
こういう本はセレクトショップみたいなもので
集めた人の傾向が強く出ます。

この本の内容は割とよいバランスだったので
暇つぶし程度のつもりで買ったのですが
なかなかのヒット。

こういう本を読むと
自分の考えに似ていたり
自分に都合の良い名言だけを拾いがちなので

ひとつひとつ自分にどう当てはまるかを考えながら
読んでみました。

そんな中に

  友人とはあなたについて
  すべてのことを知っていて
  それにもかかわらず
  あなたを好んでいる人のことだ

というものがありました。

なるほどと思う反面
これを自分に当てはめると

  私について知っていて
  私の事ことを好まなければ
  私を離れていく人がいる

という事でもあるということ。

そして、そこから数ページあとに

  人間関係は鏡のようなものです。
  相手のあなたに対する態度は
  あなたの相手に対する態度
  そのものと考えてください。

というものがありました。

以前から私には友達が少ないと話していましたが
その原因は当然ながら私自身にあるということ。

いや、分かっていなかったわけじゃないですが
こんなにきれいに書かれていると

  そうだなぁ・・・

とあらためて思うわけです(汗)

ブロ友はブログあっての繋がりで
ブログが無くなったら連絡の取りようもないわけで

コメントもなく、更新もなければ

  この縁は切れてもいい

と言ってるのに等しいのかなと。

そして、それは

  コメントしない人や更新しない人がどうだ

ということではなくて

  私がその人たちを
  そんな風に扱っていたのかも

と考えさせられた次第。

会社に入って3ヵ月ほど経ったころ
新入生(150人ほどいた)の指導員が

  会社に入ってけっこう経ったけど
  友達は出来ましたか?
  出来たっていう人は手を挙げて

的な質問をしたことがあって

みんな挙げようとしながらも
友達と思ってる相手が挙げるか気になって
躊躇するというシーンがありましたw

友達にも片想いがあり
場合によってはすれ違いもあるんだなと
感じるエピソードでした(゚゚)(。。)

ちなみに

  友を得る唯一の方法は
  みずから人の友となることである。

だそうです。
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2018/8/9

子どもの頃の記憶  エッセイ

私は幼い頃の事を割とよく覚えています。

そして私がB型だからか、単に変わってるのか
それともこれは普通のことなのか分かりませんが

子どもの頃から時々、変わったことを思いつきます。

単なる無知とか勘違いもありますが(^^;

瞬きというものを初めて知った時。

やろうと思わなくても誰もが一瞬目をつぶる瞬き。

   もしその瞬間だけ
   部屋が蜘蛛だらけになっていても
   わからないじゃないか!

と思ったものですw
実際には『瞬き』と書くほど一瞬だし
私が瞬きしているタイミングと
他の人が瞬きするタイミングが違うので
蜘蛛だらけになったら誰かが気付きます(笑)



そして日本と中国と外国の不思議。

世界というものをまだ知らなかった頃
外国が遠い所にあるということは感じていました。
そして『ちゅうごく』は
中くらいのところにある国だと思ってましたw

だから私達が『ちゅうごく』と呼ぶ国から見れば
私達の国が『ちゅうごく』と呼ばれると思っていました(^^;



私たちは虫をつかまえて遊びますが
もしかしたら地球より大きい生き物がいて
今は見つかっていないから平和に暮らしてるけど
その大きな生き物に見つかったら
自分達が虫みたいにされるんじゃないか、とかw

これは銀河鉄道999で
列車の中に紛れ込んだ手のひらサイズの銀河が
哲郎の手の中にあって

  もしボクがこれをつぶしたら…

みたいな話でも登場しますが
当時はまだ読んだことがなかったし
高知県では放送もされていなかったので
松本零士さんと発想が同じだったんでしょう(゚゚)(。。)


それから色の不思議。

色は光が反射して見えていると知った時は
ちょっとした衝撃でした。

そしてふと思います。

森は緑で、空は青で、ポストは赤。
それぞれの色が違うことは分かります。

でも誰かが海を見て『きれいな青』と言った時
私もそれを見て『ほんとにきれいな青』と返す。

二人とも海の色を『青』と呼んでるんだけど

じつは他の人が呼んでる『青』は
私が『茶色』と呼んでる色だったとしても分かりません。

茶色を見てるんだったら『きれい』じゃないじゃん
という気もしますが

私以外の人は、私のいう『茶色』をみてきれいと感じ
私がきれいと思っている『青色』を見ると
『なんだか汚い』と感じるのかもしれない。

みたいなことを考えだすときりがないうえに
検証のしようもないので永遠に分かりませんw
光の波長とか明るさを言い合うことで
同じように見えている『はず』だという事は出来ますが

大人になって『見る』とは目に映るだけでなく
それを脳で処理して初めて『見える』ので
生まれつき目の見えなかった人が
急に見えるようになった時
仮に段差が見えてもそれを段差と認識できずに
つまずいて転ぶのだそうです。

そうなるとますます
目に見えているけど同じ色で見えているかは脳次第で
青と呼ぶ色が全員同じかどうかは怪しくなります。

ちょっと話が複雑になってしまいました(^^;



先日娘とドライブをしている時に
ふと思いついて口にしたことが
娘のツボにはまったようで
ケラケラと笑われてしまいました。

  こんなにいっぱい人がおるのに
  なんで一人くらいエラ呼吸の人がおらんのやろ?

46のおっさんがいう事ではないかもしれませんが
思いついたものは仕方ありません(^^;

まぁ一応、高校までは出てるおっさんなので
DNAがどうのという話は知識としてあるのですが

それを考えるとまた新しい疑問が出てきます。

例えば将棋を指す時
1つの局面で平均80種類くらい指す手があります。
持ち駒があれば、あいてる所ならどこでも打てるので
持ち駒の種類×あいたマス が差し手に増えます。

で、80手の先にまた80手の指し手があれば
それぞれの方向にたった5手進むだけで

80×80×80×80×80=32億7680万手

の局面が存在するわけです。

人間が1つのルートで進化するとしたら
5つの遺伝子の変化のために5世代かかりますが

世界では毎日38万人近い赤ちゃんが生まれています。

そんなに交配が繰り返されてるのに
みんな同じような姿形と機能を持って生まれて来るって
すごくないですか??

将棋の分岐みたいにいろんな方向へ分岐すれば
それはそれは
多種多様な人間が増えてもよさそうなのに。

みたいなことを考えてると
『優性遺伝』の『優勢』って何が決めてるんだろう?
ってことになるんですよねw

遺伝子からその部分を取り除いたら
一気にワケのわからない生物が
増えていくのかな?とか(^^;

でもネズミはもっと頻繁に世代交代してるのに
ずーっとネズミのままですね(汗)

きっとこれよりもっと
奇抜で現実的で面白いことを考える人がのめりこんで
その道の研究者になったりしてるんでしょうね。

青はどうして青なんだろうとか
生き物はどうしてこのサイズなんだろうとか

海女さんが何億年も海女さんの家系同士で交配したら
人はエラ呼吸になるのか?
それともめちゃめちゃ進化した肺呼吸になるのか?

そういうのってちゃんとした生物学を勉強してると
答えは当たり前のように出てて
私が知らないだけかもしれませんが。

変わった発想をする人って
たぶん無知なだけってことも多々あると思います(^^;


先日、一緒に仕事をする機会があった人と
年齢の話になって46歳と言うと

  全然みえん!30代やと思った!

と上手にお世辞を言ってもらったのですが
そのあとに

  今でも虫とか追いかけてそうw

と付け加えられました!?

それ、若いというよりむしろ幼いんですけど…

無知は見た目に出るんでしょうね(汗)
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2018/5/14

My Life  エッセイ

私も人の子。というか超凡人。

時代の流れに流されたり逆らったりしつつ
結局は『時代の流れ』に影響を受けています。

20代でつまんない大人になりたくないと
自由気ままに有給で休んだりしてたのも
20代あるある。

30代に体力の衰えや体型の変化を感じて
ダイエットや筋トレに勤しむのも
30代あるある。

40代で『自分は違う』と思いながら
ついに老眼鏡を買ってしまうのも
40代あるある。
(えぇ、買いましたとも( -_-)フッ)

そうして、老いてきた今。

いらぬ知識が台頭してきます。


(1)『物より思い出』には科学的根拠がある

根拠はいくつかありますが

   経験はその人のアイデンティティーになる

というのが私の中にしっくり来ます。
興味ある方は『物より思い出』でググると
いくつものサイトが出てきます。


(2)人が死ぬ時最も後悔する事の中に

   もっと自分らしく生きればよかった。

というのがあります。
人は死ぬ前に色んなことを後悔するようです。

実際には生きているけど
それが出来なくなったと実感した時に
後悔するんだと思います。

それが死ぬ直前か、寝たきりになってからか
単に年老いたと感じた時かは分かりません。

そうして今、40代後半を迎えたとき
今のうちにしておくべきことを考えはじめる。
これも40代あるあるですw

興味ある方は『死ぬときに後悔する』で
ググるといくつものサイトが出てきます(^^;


それで急に会社をやめてしまう人もいたりしますね(笑)

それもありです。 私には出来ませんがw

このことを死ぬ前に後悔するかもしれませんね(^^;

今やっておくべき事の1つは
健康に気を使うことだと思いますが
老後の健康のために今の全てを費やすのは
ナンセンスなので、それはほどほどに(笑)

じゃあ私が次にしなければいけないことは?

はい。それは友達を作ることです。

いつか定年を迎えて会社に行かなくなったら
私は家族以外の誰かと言葉を交わす機会があるのか?

レジでお釣りをもらって『ありがとう』と言うとか
外食したあとのレジで『ごちそうさま』と言うとか。

間違いなく寂しい老後だ…。

小学一年生じゃないので
友達100人はいなくていいですw

99人目から100人目を作るのは
たぶん簡単だと思いますが

0人目から1人目を作るのは
本当に大変なことだと思います(^^;

ま、20代からの
流れに乗りまくった私の人生を見ると
みんなと同じことを後悔しながら
死んでいくんだろうなと思いますw

50代は何を思うかよく分かりませんが
指折り定年を待つサラリーマンをしてるかもw
これもきっと50代あるある(笑)

そして60代で定年になって(定年何歳だろう…)
70台では大変だからとか言って
四国八十八箇所巡りしてたら笑ってやって下さい(笑)

そうしたらきっと私は
笑ってくれる人がいることに感謝すると思います(^^)

目に見えなくても
いつまでもあるように思えても
時は確実に流れてますw

(急に30歳くらい年取ったみたいな記事だなw)
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