2009/7/26

本当の強い国とは  共生共存の国

自民党が下野する危険性がある時に必ずあるのが『日本の伝統を保守しようと目覚めている若い人はどうするのだ?』と言うお声だが、それに対しては『自民が下野をすればそれまでの存在』だと思っている。

しかしその言葉がどれだけ信用ならないのかはあの秋葉原連続殺傷事件での見解で明らかになっている。あの様な凶行に至ったのは『他者からのつながりの断絶』であるのだが、彼自身が『安定的な生活と人とのつながりを欲する』と言う自体が至って「保守的」ではないか、人とのつながりから断絶されて自由になった以上、犯罪が起きる危険性があるのは言うまでもない。

その側面を見ず、ただひたすら『正しい歴史認識で自分自身に誇りを持って、尊厳と誇りを持とう』『正しい歴史認識で愛国心を持てばしっかりできる』とばかりに「だらしない」「甘ったれるな!」とまでに押し付けるのだが、自分自身が世間から乖離されて同じ立場にさらされればどうなるのか?

安定的な生活と人のつながりがあれば『人に迷惑をかけて、世間に後ろ指を指される』事がどのようなものか理解してるからこそ犯罪を犯す事は出来ない。人が個人だけで生きていけない以上、安定的な生活や人とのつながりを持つ事はごく自然な事ではないか?

それを放棄して『だらしない』『甘ったれている』と非難して「正しい歴史認識」だとか「愛国心」だとか言う自体、世間から乖離したカルト宗教の発想しかない。

思うのには自治労や日教組だってそれなりに地域に対して貢献しているのに、あなた方はそれ以上に地域に貢献してるのか?「正しい歴史認識」と言う題目で『日本をここまで腐らせた日教組と自治労はいらない』とまでに能書きを垂れるが、自分自身はそれぐらいに地域や共同体に対して貢献しているのか?もし、自分自身が地域や職場などで要らない存在であり、叩き潰される立場に立たされればどうなるのか?第一、それから逃げている。

そうなれば嫌でも偏狭で独善的な思考になるから、相手の足を引っ張るか排斥する事しか無くなる。人間性と言うものまで摩滅してるから、まともな人間では無くなる。それが本当の『堕落』ではないのか?それが故に世間から『右派はまともではない』とまでに言われている。

だからこそ『海外に舐められない強い国』と言うよりは『誰もがまっとうに生きていける共生共存の社会』こそが本当の『強い国』ではないかと思う。
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