2009/9/14

『政治』『社会問題』やらに関わるのは  日々の雑感

もうこりごり・・・(本音)
としかない。

総選挙以降、ブログを一時休止したのもその理由の一つだが、これと言うのも
『"批判の為の批判"をして物事を悲観的に捉えてないか』
『自分自身が批判する者と同じになってはいないか』
と言うのが本当の理由である。

人に批判や非難でもの申す時などはその時はいいが、その後始末に困ると言うのか、何よりも物事を悲観的に見て、批判する事が正しいでは精神が病んでしまっても仕方ないし、何よりも建設的ではない。

それはネトウヨ批判や小泉カイカク批判などに通じたものだね。

何せ、今回の選挙で自民が惨敗して思った事は『懲らしめたぞ、ざまを見ろ』という高揚感ではなくて、何かを失った『虚しさ』を感じた。

つまり『誰かを懲らしめたからと言って何を作り出して、何が産まれようか』と言う「虚しさ」であり、『懲らしめるばかりが正しいのではない、誰かを厳しく見て批判、非難すること自体が果たして正しい事であろうか』という疑念が芽生えた。

確かにこの不況により厳しい世の中になっているから「誰もが厳しくならなければならない、厳しい目で見なければならない」というのは解っているが、それだからと言って何もかにも厳しくなって批判的に物事を見るのはいかがなものかと思う。

喜八氏が言う様に

いくら相手が「小泉・竹中」とはいえ(笑)、ブログが批判記事で埋まってしまうと、自分の精神まで汚染されてくるような感覚がありました。

いくら自分で「正しい」と信じたことであっても、「批判ばっかり」の言説は自分を駄目にする危険性が高いのです。


私もそう思う。いくらそれが正しい事だと思っても、あたかも「鬼の首を取った」が様に他者を懲らしめる様な批判をすれば、他者の長所や共通点を見る事が出来ないし、他者の欠点や短所ばかりを探して非難する所は『ネトウヨ』『フェミナチ』とも変わらないし、何よりも『互いを認めあう共生共存、切磋琢磨』の精神とは大きくかけ離れた愚行ではないかと思う。
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