2009/6/29

焚書坑儒は四面楚歌のもと  曲学阿世の輩

近頃の政治屋は『知識はあるが、教養は無し』と言えるだろう。

教養のある人間なら、こんな『表現規制』『政道非難封殺』の暴挙などしない。
なぜしないかと言えば、『厳罰化によって表現規制・政道非難封殺』で滅びた王朝の例もあるから。

言うまでもなく『焚書坑儒』をやらかしたので有名な『秦』王朝。
なぜ、秦王朝が滅びたかと言うと『陳勝・呉広の乱』をきっかけに項羽・劉邦らを筆頭とした反乱勢力が立ち上がったからであるが、原因は『厳罰化による表現規制・政道批判封殺』であり、『役人の機嫌次第の厳罰化』をやったために、陳勝・呉広がやむを得ずたちあがったから。

その弊害があって、漢の高祖・劉邦は『法は三章のみとす』つまり『強姦・窃盗・殺人』などの自然犯罪のみ厳罰化することで簡略化したのもその為であり、大衆に多大な支持を得たのは『史記』『項羽と劉邦』を読んで解る通り。

『焚書坑儒法案』の推進者、高市早苗は「有害サイトを取り締まる声が高まっている」とは言うが、長期的視点で冷静にものを考えず、その場しのぎの感情論の声ばかり聞いているとしかない。

こんなので本気に「青少年の性の暴走」を抑止できるのか?
本来なら『性交すると言う事は、その時は良いが、長期的に見れば後悔しますよ』と真摯に諭すべきではないのか?

この問題に関しても『将来的に表現規制・政道批判封殺の危険があるから、それで非難されれば元も子もないでしょう』と、諭すべきではないか?

それを聞く聞かないは自由だが、聞かなければ「刹那的な性的刺激で快感を求めてる青少年と同じ」と言うリスクを背負うのだし、それでは国民の支持を得る事無く『四面楚歌』になるのは言うまでもないでしょう。

あの秦王朝を滅ぼした項羽だって、彼自身が『秦王朝に対する制裁だ』として、三代皇帝を残首して、無駄を象徴している阿保宮を焼き払ったとしても、それが庶民に対する信用を得るばかりか、逆に『項羽残暴、劉邦仁厚』とある様に、憎しみを買ったのではないのか?(横山光輝著作 「項羽と劉邦」第6巻・第7巻、第11巻、参考)

それに加えて、盟主である楚の義帝を弑逆したために諸候からの反発を買われたように
項羽自身が『長期的視点で物を考えず、衝動的に反対者などを力でねじ伏せた』からではないか?

范増と言う名参謀がそれを危惧して忠告したり諫言したりするが、それを全く聞かなかったため使いこなせず排斥した事が破滅の要因とされる。

『豎子、図るに足らず』(小僧とは一緒にやっていけない)
『楚人沐猴而冠耳』(原点は『楚人は沐猴(もっこう)にして冠するのみ』つまり、猿が冠を付けた様な物)


これは『四面楚歌』に続いて、項羽にまつわることわざであるが、「なぜ、項羽は人望を得ず、破滅の道へと進んで来たのか」「なぜ、項羽ではなく劉邦を選んだのか?」を理解する為に必要なキーワードだろう。

暴虐な秦王朝を滅ぼしたとしても、その暴虐ぶりを行えば、信用されず、破滅の道に進む。それは項羽だけではなく、焚書坑儒推進派などにも言えるのではないか?『いくら、有害であり許されざる事でも、それと同じ道を歩んでいないか?本当の腐敗や堕落とは、それを誰もが言わない事によって起きる』事を覚えてもらいたい。

今回は『教養』と言うキーワードで「項羽と劉邦」を題材にして焚書坑儒審議会や推進者達について書きました。本当、教養が無いとえらい事になりますね、それを痛感しました。

世の中、生きる事が精一杯で厳しい状況だから、教養より実用化する事を考えろとと言われても、長期的視点で物事考えるなら、実用化する為にも『教養』は必要でしょう。

どこぞの活動家や役立たずの笑い者と同じ様に、その場、その場の状況で衝動的にギャーギャー喚いているだけが能ではない。

『誰もがまっとうに生きられる共生共存の社会』『互いの欠点を理解し、解りあえる切磋琢磨な社会』を目指す為に「教養」は何よりも必要です。

喜八様、今回はどうも有り難うございます。これが書けたのは貴方のおかげです。

散策様、トラックバックと情報の提供有り難うございます。おかげさまで参考になりました。

考え方は違えど『共生共存と切磋琢磨な社会』を目指すのは同じ。桔梗電信網は皆様の
おかげで成立しています。

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