小出裕章さん講演会案内  平和

小出裕章さん 講演会 前売り券プレゼント

■とき
 2012年 3月18日(日)
■ところ
 宇部市渡辺翁記念会館
■料金
 前売り500円(当日800円)/18歳以下は無料

主催:小出裕章さんのお話を聴く会
後援:コープやまぐち他多数



コープやまぐち労働組合でも、この後援活動に参加する事とし、労組員10名に前売り券をプレゼントいたします。

前売り券ご希望の方は、労組事務所までご連絡ください(0120-968-710)
クリックすると元のサイズで表示します
クリックすると元のサイズで表示します
0

沖縄基地・戦跡めぐり感想  平和

生協労連第17回 「沖縄基地・戦跡めぐり」感想文  2011-7.2-3

今回は、コープやまぐち労働組合から3名の方が参加しました。

(1)1日目の行動から「沖縄戦追体験」
組合員SC  久守小夜子
ひめゆりの塔は、ニュースなどの映像で見るものとは全く違う空気が漂っていて、この場所で多くの兵士はもちろん若い乙女たちが命を落とされたという。空しさがひしひしと伝わってきました。資料館に展示してある、お1人お1人の写真は平和な今を生きる私たちに何かを訴えているようでした。
 平和祈念公園は24万人以上の方々の碑が設置してありましたが、あまりにも綺麗に整備され過ぎて戦争の過酷さ、悲惨さが伝わらず、美化されていると感じました。

組合員SC 小跡貴子
 青い海を青い空のリゾート地のイメージが強い沖縄。その地を訪れて沖縄戦の壮絶さを見せつけられた1日でした。ひめゆりの塔では10代の女学生の悲惨な毎日、、、また平和公園では6月23日司令塔自決の後残された国民達の運命。たくさんの戦石中で見つけた伯父の名前(特攻隊で亡くなったらしい)。遺体もなく名前だけ刻まれた多くの戦石・・・言葉にならない思いでいっぱいになりました。

組合員SC 田村聡美
 照明を消すと目をあけているのか閉じているのか分からない暗闇。鍾乳石を切って広い空間を作り出し、板のベッドを置いて傷病兵を寝かせていたと言われても、この中に何百人もの人が、十分な薬品もないなかで治療を受けていたと想像すると、とてもおぞましい光景だったのではないかと思います。最後にはひめゆり部隊の少女たちが遺体や切断した手足を運ぶのを何とも思わなくなっていたという話を聞きました。それほどすさまじい状況に置かれていたのだとうと思います。
平和祈念公園の碑に刻まれたたくさんの名前が犠牲者の多さを見せつけてくれました。戦争をしてはいけない、という思いがより深くなりました。

クリックすると元のサイズで表示します

(2)2日目の行動から「米軍基地の今とこれから」
組合員SC  久守小夜子
 辺野古はすばらしい海岸でした。V字滑走路建設予定の砂浜は海へとブロックが埋め込まれ「米軍海兵隊施設・立ち入り禁止」の看板が掲げられていました。これを作ったのは日本と聞いて、日本の国はどこを向いているのだろう!沖縄県民か、アメリカか!と強い疑問を抱くとともに何とかこの計画を止めてほしいという焦りを感じました。

組合員SC 小跡貴子
 私たちがTVや新聞でよく聞く地名、普天間、嘉手納、辺野古、高江。実際訪れてその地に住む人々の声を直接聞き、そこに暮らしている人々の危機感、切実な思いが伝わった1日でした。又基地の多さ、それも住宅地、学校や公共の施設の近隣に位置する基地、危険と隣り合わせの状態の中で暮らす住民、サンゴが群生する海、そこに埋め立てて作られようとしている基地や、自然を破壊して作られようとしているヘリパット。沖縄だけの問題ではないような気がしました。

組合員SC 田村聡美
広大な米軍基地。緑の芝生にゆったりとした間隔で立っている建物(官舎)、それに比べ基地の外の家はきゅうきゅうにすし詰めのように立っていました。滑走路の誘導等のすぐそばに民家があることには衝撃を受けました。
高江の「ヘリパットはいらない住民の会」の方の話を聞いてもこれ以上米軍の為の土地は沖縄には必要ないと思いました。辺野古のきれいな海を埋めることもないと思います。
米軍の訓練は休みの日だったので、飛行場のそばでも騒音はありませんでした。基地に戦闘機が止まっているのを見るとやはり異様な雰囲気です。フェンスの外は民家で、沖縄の人々が普通の暮らしをしているのだからアンバランスな感じを受けました。

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

(4)全体を通して
組合員SC  久守小夜子
 初めての沖縄でしたが、もしこの機会がなければ私はきっと観光で訪れ、うわべだけのきれいな沖縄を見て帰ったと思います。
 戦中もそして、戦後の今も沖縄の方々には大きな犠牲が強いられている事を実感しました。
 この様な機会を設けていただき心から感謝します。

組合員SC 小跡 貴子
 私たちは、2日間で、沖縄戦の戦地、また、戦争の米軍基地を巡り、そこで闘う人々の話を直接聞き、多くの若者が国のためにと死んでいった事を考えると、若者達の死を無駄のしないよう戦争を決しておこしてはならないし、基地はいらないとつくづく思ったこの2日間でした。


組合員SC 田村聡美
沖縄戦については知識がありませんでした。同じ日本でも遠く離れた場所というだけなのに、米軍基地のこと、沖縄戦のこと知らなかったこと、よく分からなかったことが、少し分かったように思いました。これまでに参加されたことのない方には、ぜひ一度行ってみてほしいと思いました。


クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します
0

上関原発計画白紙撤回に向けた講演会  平和

7月10日、日曜日、コープやまぐち労働組合・九条の会主催による「3・11後の日本のエネルギー戦略」と題する「飯田哲也さん講演会」を開催しました。
 今回は、一般の参加者にも広く呼びかけようと、「ほっぷ」での宣伝、毎日新聞、朝日新聞など新聞社へのリリースも行い、会場がいっぱいの参加者でうまる盛況ぶりでした。
クリックすると元のサイズで表示します

 開催日の3日前に、福島におられた飯田さんの元に、官邸から7/10に官邸に来てほしいとの連絡が入り、急遽、演者が環境エネルギー政策研究所の顧問・竹村英明さんに変更になるというハプニングがありましたが、飯田さんの同志である竹村さんだけに、同じテーマの講演を丁寧に、分かりやすく行ってくれました。
 また、上関原発に反対する島民の会・代表の山戸貞夫さんの報告は、30年にもわたって反対し続けてこられた人だけに、自然体の中に底深い力強さを感じさせるもので、参加者に感動を与えました。
 

 講演の中で、特に印象に残ることは、次のようなことでした。
・メルトダウン、メルトスルーを起こしている福島第一原発事故は、1970年代から「危険なので改良しなさい」と警告されていたにもかかわらず、東電が改良してこなかったゆえの「人災」だといえること。
・この事故で、飯館村では、一般人の年間被爆力の100倍という数値を計測しているにもかかわらず、いまだにそこに人を住まわせ、子供たちを遊ばせている。親たちは、「早くそこから子供たちを非難させてくれ」と要請しているにもかかわらず、政府は「大丈夫です。安全です。ここに居てください」と言っているということ。


・この事故で、10基の原発が止まり、東電は「計画停電」を打ち出したが、消費電力が一日のうちでそんなに多くない7時から8時に電車を止めた。また、やはり消費の少ない20時、21時、22時といった時間帯に電気を止め、地域を真っ暗にした。これは「原発がなくなったら電気が止まりますよ」「真っ暗になりますよ」という消費者に対する「恫喝」であったということ。「需給調整契約」を発動すれば、電気は不足することはないということ。
・更には、出力調整のできない原発は、それと抱き合わせで建設される揚水発電所があり、これを使えば需要はまかなえるということ。
・自然エネルギーへの転換は、3年かければ可能であること。世界では自然エネルギーはどんどん拡大している。トレンドは、風力と太陽光発電で、風力発電の伸びは、約8倍、太陽光発電は何十倍という増加率。
・世界の原発は、稼動してからどこも30年から40年経過しているので、どこも老朽化しており、閉鎖するところが多い。(ところが、日本では「原子力ルネッサンス」などといって、まだどんどん建てようとしている。)世界で一番風車を持っている国は、中国。そして、ドイツ、アメリカ、スペインときて、もっと伸びそうなのがインド。風力発電に投資をして、自然エネルギー生産が増大することは勿論だが、自国の産業が育つということ。

クリックすると元のサイズで表示します

・日本は、「風車王国」といわれる風力発電の適地。風力発電だけで、日本の電力需要はまかなえる。
・自然エネルギーを推進することは、世界的には当たり前で、それをやらないと世界からおいてけぼりをくうし、産業としても雇用が広がっていく。大阪のカーサというNPO法人の試算によれば、自然エネルギーを促進すれば、115万人の雇用を創出することが可能。
・自然エネルギーを拡大するには、法律・制度の改定が必要。自然エネルギーからの固定価格での全量買取制、再生可能エネルギー促進法、送電線網の開放、電力供給の完全自由化が必要。
・すでに市民出資による地域エネルギー事業が、いろんなところで始まっている。祝島の100%自然エネルギープロジェクトもそのひとつ。



山戸貞夫さんは、30年にもわたって上関原発計画に反対し続けてこられた様子を、自然体で話してくださいました。特に印象に残った点は次の通りです。
・30年、運動は分裂していない。島で生まれて、島に住んでいたい。死ぬまで反対するつもりでいる。
・原発建設予定地は、祝島の目の前にあり、朝日の昇る方向にある。原発に反対するのは当然だ。妥協することなく長期にわたり、非暴力抵抗行動が続いているのは、「金で人を買い上げる」やり方、「金のためには心まで売り払う」推進派を体感してきたからでもある。
・山口県内の13の議会で、上関原発について中止、凍結など表現は様々だが、決議があがっている。今までにないことだ。今のうちに、とどめをさしたい。
・祝島は、今までの様々な島での生産・文化活動の実践を踏まえて、更に底力をつけていくため、エネルギーも含めて自立する島を目指した「祝島自然エネルギー100%プロジェクト」を、今年の1月に立ち上げた。当面、太陽光発電で祝島での必要な電力の確保をめざし、その他様々な持続可能な自然エネルギーの導入を図っていく計画で、更にフード・エコツーリズム・アートの各事業で新たな雇用や都市住民との協力強化を図るとともに、介護など島の生活上の問題を解決していくことを目指しており、日本最初のモデル地区にしたいと考えている。

クリックすると元のサイズで表示します

 講演会は、参加者の胸に、原子力エネルギーに頼らずに自然エネルギーでやっていける根拠をつかませてくれたと同時に、上関原発計画を撤回させる行動を祝島の方々とともに進めていかなければならない思いを強く抱かせてくれました。
今、福島では見えない放射線被害に怯えながら、故郷を追われ、
いつ戻れるとも分からない状態に置かれています。子供たちを福島県から避難される運動が、お母さんたちの間で広がっています。憲法25条に保障された生存権を、今こそ声高らかに主張しなければなりません。


上関原発計画白紙撤回にむけた講演会 参加者アンケートまとめ 2011-7-10


1.講演会について

・分かり易く、貴重な情提起をしていただき、勉強になりました。(ひょっとして、飯田さんよりも、話の内容は丁寧なのでは・・・とも思いました)。途中、ちょっと単調になったところがありましたが、自然エネルギー問題を学ぶ第一歩としては、貴重な話でした。今後、消極(反対)論者との論争も開けると、もっと深まると思いました。(講師交代については、きちんと事情説明されて良かったと思います。出来れば飯田さん本人からのひところメッセージがあると、もっと盛り上がったでしょうね。)
・午前中鎌仲ひとみ監督の「ミツバチの羽音と地球の回転」をみて、同じ日に祝島のお話がうかがえて良かった。
・大変勉強になりました。中国、インドが風力発電に力を入れていることは知りませんでした。原発のことばかりマスコミでは報道していますので、無理もないですが・・・
・非常にわかりやすく、大変興味の持てるお話をしていただきました。なんとなくボワっと分かりつつ感じていたことを具体的に整理していらっしゃる方がたくさんいらっしゃる事にまず感激しました。自然エネルギー転換・・・でも何からやっていいか分からない。その一歩を、私も具体的にやりたい。参加して行きたいと思います。東日本の悲しみを新しい一歩に切り替えるチャンスにしなければ浮かばれないと腹の底から思えてなりません。2児の母。
・自然エネルギーについて、今まで知らなかったことをたくさん知ることができました。ただ「戦略」というだけあって、やや専門的で時間も少々短く、分かりにくい部分もありました。やはりできる事なら飯田さんから話を聞きたかったです。
・良かったです。
・自然エネルギーを被災地に支援するプロジェクト、感動しました。立山アルプス火力発電事業や、その他、市民風車地域エネルギー事業(市民ファンドによる)も、とてもいいと思いました。何より安心安全です。原子力発電のようなリスクはもうごめんです。
・電力会社の宣伝に(原発がないと電力不足になって日本経済は成り立たなくなる)対抗するには、きちんとした知識が必要です。今日は福島の原発所が今、どのような状態になっているのか、原発にたよっていたエネルギー源をどうしていけばいいのか、展望が開けた感じです。
・パンフがあって、それに従っての説明は大変分かり易かった。少し話が早く進んだ部分もあった。脱原発のエネルギーを本気で開発すれば、十分まかなえるエネルギーがあることが分かった。どう原発エネルギーを終息させ、新エネルギーを本格化させるかが課題。
・平変よくわかり勉強になりました。
・専門的な見地からの説明、よく納得できました。
・ISEP飯田さんのお名前は昨年12月に山口市の講演会を聞いてから、ずっと注目していました。今日の講師を務めて下さった竹村さんのお話も大変分かり易かったです。これから先どこへ向かっていけばいいのか、はっきりと提案して下さったことを元に、いくつかの具体的行動(寄付や、購買、出資など)を自分なりに考えた上で、実践していきたいと思います。
・ありがとうございました。テレビ、新聞等での情報の中で何か隠されているものがあると感じていましたが、今日の話の中で少しですが理解出来ました。自民党政治の長い中で本当に国民の為にという政治がされていないという事を改めて感じました。日本のエネルギーということが大きく変化していくことだけは、話を聞くなかで感じました。
・原発殺人キカイ(奇怪)など無くても、電力が足りているとは驚きです。すぐに全部廃炉にしてもらいたい。電力殺人組織は今すぐ解体しろ!
・今まで安全だとばかり言っていた原発で、この度の事故となり大変な事だと思っています。いつ収束するかも分からない状態にありながら、まだ政府は安全だと言う、信用性はない。皆が安全にくらせる方法を、また私たちも今だけ節電といわず、必要のない電力を使わない生活を心掛けないといけない。


2.現地闘争報告について
・島に暮らす人(山戸さん)からでないと聞けない話でした。本音の話だったので、島民の方々の裏事情(心情)がよく分かりました。当事者の想いを大切にした運動づくりが必要だと思いました。山戸さん以外の島民の方の話も聞きたくなりました。
・経済的に自立されているのが素晴らしいと思う。原子力ありきではなく、どうしたらなくせるかを考えて国や地方自治体は動いてほしい。そのYes,Noは、国民、住民だと思う。
・山戸さんの活動の一端、島の様子が少し分かり、一度島を訪れてみたいと思いました。また、今の取り組みが成功することを祈っています。
・目の前に見えない毒をもつ建物が建つなんて、絶対なにがあってもいやだと思います。お年寄り達が座り込みをされて、ガマン強く続けていらっしゃる映像を見るにつけ、頭のさがる思いと、私もハガキなどでは、こういう集まりに参加させていただき、少しでもと小さい協力をさせてもらってきました。根本は何か、何が命にとって大切なのか、ある意味ガンコなほどのブレない確信を持って(難しいですが・・・。)生きていきたいものです。
・非常に印象に残りました。祝島の人々のこれまでのたたかいに感謝や敬服したりといったことはありますが、それよりも自分の、私たちの活動が大切だし、それを続けていきたいです。
・生活を闘争に、闘争を生活に。という原則ですよね。
・上関原発に反対です。この際、自然エネルギー100%プロジェクトに賛成です。頑張って下さい。応援します。
・原発にたよらない島おこし、住民の生活を守り確立しながら反対運動を続ける姿勢が素晴らしいと思います。山口県、いえ日本全体も原発にたよらない生活ができるようにしなければ・・・と強く思いました。
・支援の人々が多くなったり、島内の人々が共力強化はなったが、島へ島民以外の人が多く来られるようになって、困ったことも起ってきたことは、心配事が増えたのかな。「死ぬまで反対」は本当にその通りだと思う。外野からも、原発があってはならないものと理解している。金を必要としない、この地で生涯を終わりたい。攻撃的でない抵抗しか出来ないなどで30年もの抵抗運動ができたことには頭が下がる。自分のことは自分で、島民全員が安心安全に生活出来るように協力していることは、学びたいことだと思う。自然エネルギー開発はすばらしいことだ。
・3.11以降の島の様子がよく分かりました。
・テレビなどで何度もお話を聞いたことがありますが、実際に直接お話しを伺ったのは初めてです。普通の(当たり前の)暮らしを大切にされていること、世代間のギャップなど、ありのままをお話いただいて、親しみを感じました。祝島のひじき、おいしいですね!これからも、同じ県に住む者として、できることを続けながら(当たり前の暮らしを守るために)つながっていきたいと思います。
・農・漁業の事業の発展を祈っています。島を元気にしようという取り組み、離島の生活の厳しさ、30年にあまる反対運動、頭が下がります。生命をかけた数十年のたたかい涙が出ます。
・本当にどこにでもおられるおじさんという人が、あの闘争を30年も続けておられることに勇気を得ました。3.11から何か新しい風がふいていますが、島のため、みんなの為にがんばって〜“ビワは食べていま〜す”
・貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。原発の問題を全体のこととしてとらえ、考えていこうと思いました。できることから少しずつ行っていきたいです。
・山戸さんの島民の視点から貴重な声を聞いて、とても興味深かったです。主体的に動いて声をあげていくことの大切さを、教わりました。ありがとうございました。
・祝島の道路が、今回の台風で寸断されているとはニュースにならないので知らなかった。言われ見れば寸断もあるのかも・・・早い復旧を祈ります。
・長い間闘ってこられて、本当にすごいと思いました。反対するだけでなく、自然エネルギーへの取り組みも参考にし、応援したいと思います。


3.その他
・全体として、雰囲気のいい講演会でした。女性の参加者が多かったこと、また(わりと)若い人が多かったことにもよるのでしょうが、主催者のきめ細かい配慮によるところも大きいと思います。開会のあいさつも、閉会のあいさつも、司会も好印象でした。(とくに、閉会のあいさつ・・・あえて「空気」を読まず、自分の言葉でしゃべり続けた心意義は立派だと思いました。P.Sカツラは不用です。その輝きをエネルギーにして下さい。
これからも、コープやまぐち労組・9条の会でしかできない、消費者の気持ちにタイムリーにこたえる力強く、かつほのぼのとした企画、運動にとりくんでいただくよう期待します。
・お世話になりました。
・今日はありがとうございました。ISEPの資料は活用させて頂きます。
・携帯電話のマナーが悪すぎると思います。講演会が始まると、マナーモードにしておけばいいのに。後半になっても、非常識に会場で携帯の通話に出た人もいてガッカリです。
・空調、少し効きすぎていたように思います。みなさん現在の状況をご理解されている方は多いと思いますし、軽装でしたから、今少し設定温度を上げてもよかったのではないでしょうか。また開会の言葉、あるいは説明でそのことに触れられても良かったのではなかったかと思います。
・原子力ムラのじじい共は福島県のハリボテ原発の後始末のボランティアに行くべき!そこで被爆するのは自業自得!


0

生協労連第16回「沖縄基地・戦跡めぐり」感想  平和

生協労連第16回「沖縄基地・戦跡めぐり」感想   岩国C 中尾大作

初日
昼に那覇空港に到着して平和祈念公園へ。建物を抜けるとなだらかで広い斜面になっていて、その先は切り立った崖でした。
見下ろすと視界に入りきらないくらいたくさんの慰霊碑が建っていました。慰霊碑は斜面を下りきった先のモニュメントからみて放射状に広がっていて、屏風状にたっていました。一枚一枚に何百人もの方の名前が刻まれていて、沖縄戦でたくさんの人が亡くなったことを実感させられました。
その後戦時中に壕や居住区として使用されたガマという洞窟の一つを見学しました。中は奥行きがあって広いとこもあったのですが基本的には狭く足場も悪いためとても大勢の人が生活していたとは思えませんでした。中では民間人だけでなく日本兵も同在しており劣悪な環境の中、負傷兵の手術もしていたそうです。薬品も不足する中麻酔なしで手術をすることもしきりで、手足の切断ともなれば押さえている看護婦たちには精神的にも肉体的にも辛かったようです。因みになかは涼しかったです。
夜は夕食交流会ということで他生協の方たちと交流しました。

二日目
始めに四年前ヘリの墜落事故があった沖縄国際大学に行きモニュメントを見学しました。大学はもちろん周辺にもたくさんの建物があります。当時、ヘリの破片が周辺に飛散し、赤ん坊の寝ている部屋に破片が飛び込んできたという新聞記事もありました。ヘリや飛行機の航路は事前に決められているのですが、守られておらず、また深夜の飛行も多いため周辺住民は不安が多いとか。
次に嘉手納の道の駅から嘉手納基地を見ました。目の前には見渡す限り基地が広がっていて、あとで聞いた話では嘉手納町の82%は基地だということでした。しかも町の真ん中にあるため交通がかなり妨げられているようです。ここに限らず沖縄の基地は
本島の中心部や利便性のよい位置に作られているためかなり邪魔です。その後基地跡にたっている読谷村役場を見学して昼食。
二日目最後には辺野古の海に行って基地建設反対活動をされている方々のお話を伺いました。その話の中で一つ印象に残っている部分があります。それは環境破壊や騒音問題といった基地建設に反対する意見の中に、武力による紛争解決やそれに対する抑止力
はやめるべきでもっと平和的に解決していく方法を作り上げなくてはならない、というお話があったことです。覚書なので詳細は異なるかもしれませんが、これからの紛争解決に対してこのようなアプローチを日本が行うために、基地の傘の中にあってはならないというのは少し驚きました。


三日目
沖縄陸上戦で激戦区になった嘉数高台にのぼり、ガイドさんから戦争の概略を伺いました。かなり長くお話をいただいたのですが正直に言って長すぎてあまり覚えていません。高台からは那覇が一望でき、やはりその景色の中の大部分を占めるのは基地でした。
基地のすぐそばに小学校がありそのすぐ上を戦闘機が飛ぶことは日常茶飯事だそうです。高台を見学、首里城に行きました。
首里城には沖縄戦時司令部があったそうで、そのために首里城はほぼ全壊してしまい、現在の首里城は復元されたものだと聞きました。

そのほか感想
二日目と三日目のガイドさんが雇用の問題について少しお話をされていたことが印象に残っています。沖縄は基地があるから雇用や交付金がもらえて生活できていると思っている人がいるが、実際は基地がなければずっと多くの雇用を生み出すことができ、もっと豊かな暮らしを実現できるだろうと仰られていました。
0

、「来るな!艦載機 いらない!愛宕山米軍住宅 連帯しよう!沖縄・全国と」岩国大集会  平和

5月23日(日)岩国市において、「来るな!艦載機 いらない!愛宕山米軍住宅 連帯しよう!沖縄・全国と」岩国大集会が開かれました。大雨の中、大勢の参加者は真剣に報告に聞き入り、沖縄をはじめ全国と連帯して闘い続ける決意を固めあいました。コープやまぐち労組からは、平島が参加しました。

 集会では、愛宕山を守る市民連絡協議会代表の岡村さんの開会宣言に続いて実行委員会を代表して前岩国市長の井原さんからの挨拶ののち、普天間爆音訴訟団、徳之島の自然と平和を守る会、第四次厚木爆音訴訟原告団、国立市の元市長からの報告、続いて国会議員(民主党、共産党、社民党)からの決意表明、最後に、地元の高校2年生の発言がありました。

 いずれの発言も、アメリカ政府の圧力に対する怒り、それに対する鳩山政権の及び腰への批判を述べ、日本のどこにもこれ以上の米軍基地は必要ないことを訴えていました。高校生は、「授業中、爆音で先生の声が聞こえなくなる。」日常を訴え、「その状態に馴らされること」なく、大人たちは子供たちの未来のために考えてほしいと切実に訴えました。

 最後に岩国爆音訴訟原告団長の津田さんが、全国と連帯して闘い続けるとの閉会宣言を力強く行いました。
 集会は、普天間問題を契機にして、米軍基地がなぜ60年以上にもわたって日本に居座りつづけなければならないのかを改めて考えさせられると同時に、米軍基地を抱える各地域の闘いは、今まで以上に連帯する機運を高めていることを鮮明に示していました。
 井原元市長が最初に述べられていた、「民意こそ強いものはない」ということを、改めて確認することができました。 
0




AutoPage最新お知らせ