2010/12/28  21:00

幸せの意味。  日常業務の出来事


幸せの意味とは何か。

ある場面、ある場所、で

ふと考える瞬間が、ある。

そんな人は少なくないと思う。

ご飯が美味しいこと。

恋人と幸せな時間を過ごすこと。

結婚をすること。

親にほめられること。

いろいろと挙げていくと、人それぞれの幸せは違い

又、同じである。

嬉しい。悲しい。寂しい。楽しい。辛い。

この感情から生まれる「幸せ」の意味とは。


たくさん悩んでいた時、母親に言われ続けた言葉がある。

「人は幸せになるために生まれてきたのよ。

 だから、貴方も必ず、幸せになれるから。」


10代の時、幸せの意味が何かは分からなかったが

幸せになるために生まれてきたのならば

「いつかは幸せになれるんだ」という

前向きな気持ちになることだけは、できた。


中学の時、学校をさぼって

近くの老人ホームを通りかかった時

あるおじいちゃんと出会った。

おじいちゃんと私は目が合ってビクッとした。

私は・・サボってる罪悪感。

おじいちゃんは・・ホームから脱走してる罪悪感。

おじいちゃんは、口に人差し指を当てて

「シィ〜〜〜」と言った。

その瞬間、ホームのスタッフが探しに来て

私は静かに一人を装った。

物置のようなところの裏で、おじいちゃんは隠れていた。



「なんでここにいるの?」と聞くと

「もうあそこには戻りたくないんだ」←パジャマ&スリッパなのに・・

「そうなの?なんで?あの人、優しそうじゃん」

「怒ると怖いんだ。いつも怒ってるんだ。」

「ふーん。かわいそう。でも、心配してるから行くよ!」

おじいちゃんの手を引こうとした時

「いーやーだー!」と大声を出したおじいちゃん。

その声に気付いたスタッフがこっちへやってきた・・

「居たーーー!!ホラ!行くわよ!」

手を引っ張られ連れて行かれるおじいちゃん。

その背中がとーっても寂しそうだった。

いつか、こんなおじいちゃんが楽しいと思える

場所が出来たらいいなぁ。



社会人として働き

いろいろと勉強させてもらってる中で

気付いた。


あのおじいちゃんは、痴呆症(現:認知症)だったんだ!



このまま年をとって、働くことが出来なくなった時

私は誰に世話をしてもらうのだろう。

誰に迷惑をかけてしまうのだろう。

幸せになるために生まれてきた私は

死ぬ時って幸せなのかな。



「色々あったけど良い人生だったな」

って、望ましいが


若いうちに死を迎えれば悔いの残る人生に間違いない。

と思ってしまう。


じゃぁ。

今を悔いのないように生きよう。


ここに結び付く。

でも。


自分だけのことを考えてはダメだ。


もし、宝くじで1億円が当たったら

親孝行したり、旅行に行ったり、好きに使うだろう。


でも、もし、この世で自分だけが幸せになれる保証を頂き

その代わり、自分以外は幸せになれない、というものだとしたら

その「自分だけが幸せ」という保証は選ばないだろう。

要は、自分だけが幸せになることは不可能なのだ。

周りも幸せでなければ、自分も幸せを感じることができない。

それならば

生きていくうえで自分だけのことを考えるのはやめよう。

少しくらい、気持ちに余裕を持とう。


「福祉」という言葉がある。

これは、どれだけの人たちが

どのように理解をしているかわからない。

私は「しあわせ」という意味でとらえている。



「福祉」というと

ボランティア、奉仕、

など、そのような感覚も少なくないが

ボランティアだって立派な仕事であり

奉仕だって企業で、いや、社会人として働いていれば

当然の心得である。


結局のところ私が伝えたい福祉の意味は

「自分のこと」なのだ。


違う、という人もいるかも知れない。

だが、私の今の知識と経験ではここまで。


「自分のこと」であるならば

もう少し目を向けられるかな。


そんな段階を踏んでます。


福祉という一人ひとりの固定観念。

これは日本の教育から変えていかねばなりません。


日本を変えられるのは総理じゃない。

一人ひとりの力なのです。


孤独死を望んで誰も生きてないのに、孤独死が多い現状。

老老介護の親を見て介護って面倒くさい。

なんて思ってはいけない。

親が亡くなったのに、年金目当てで遺体を隠す。

どれだけの世の中になってしまったのだろうか。

そんなことを望んで

子育てしてたつもりはないだろうに。


冒頭に言った

「幸せ」の気持ち。

人それぞれ違うけど

同じ感情で幸せを感じられるのであれば

それだけでいい。

自分の幸せな瞬間を感じて生きてることが

周りも幸せになれることなのだ。


だから、前を向いて生きていこう。




高齢化社会なんてとっくに過去で

高齢社会になり

今は超高齢社会を迎えている。


自分の時代は何社会なのだろう。


来年は、何かできるかな。



目まぐるしい1年は、この先も続きそうなので

色々とゆっくり見つめ直したい。


そんな時期である。


明日は一人で大掃除(・ω・)/ゃん
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