2015/2/19

秀歌(44)近藤かすみ『雲ケ畑まで』  秀歌読みましょう

「短歌人」の近藤かすみさんのブログ「気まぐれ徒然かすみ草」に出逢ったのは三年ほど前、蒔田さくら子さんのお歌をネット上で探していた時だった。近藤さんのお歌に魅かれて、どんな方だろうとブログやネット上の記事を見て、40代と遅い出発で短歌を始めたけれどその後のすごい努力と歌会などで上位に選ばれた様は、遅い学び直しのわたしに憧れと敬意を抱かせた。

確かその頃「短歌人賞」をとって、ほどなく第一歌集『雲ケ畑まで』(六花書林)を上梓したので、私は(過去の有名歌人の物は別に、頂くばかりだったのを)初めて歌集を買ったのだった。2012年8月の発行だからもう2年半以上過ぎているのに、ブログにご紹介しなかったのは好きすぎて、なんだかうまく書けないような気がしたからだろう。351首のお歌に緩急はあっても、一首の傷も無いように(私には)思えた。「上手い」と思う歌、それ以上に「気持ちをぎゅっとつかまれる」お歌が並んでいた。歌は好き好き、人によって感性の違いがあるが、私にはこの歌集が最上のものに思われた。まず(選びにくいが)10首を並べてみよう。

『雲ケ畑まで』
喉(のみど)から胸のあたりに甘やかな傷み兆して五月は終る

何事も「わたしのせゐ」と言ひし日を袋に詰めて出す月曜日

飼ひ犬が死ねばその日はちよつと泣き次を探すとあのひとは言ふ

逢ひたさはいづれ薄らぐ さうやつて春に幾たび人と別れぬ

秋しぐれ路上に木の葉つもらせてゆつくり歩けとわたくしに言ふ

死ぬ時は枕元まで母が来て卵ごはんをひとくちくれる

愛猫を手放すやうに歌おくるときのま白いしつぽが揺れた

寺町の小さき店に翡翠色のピアス買ひたり 海へ行きます

縁ありてふたり子なししひとなれば閑話休題(なにはともあれ)まさきくあれな

上るより下るが難き坂道のなかほどあたり風を見てゐる

歌人でも、自分の生活をあまり出さずに抽象的に描く人と、強く生活を描くひとがいて、かすみさんは後者のようである。それだけに読み手はその時々の自分の心持をどれかのお歌に添わすことが出来、共感することが出来る。今私は「口語」「現代仮名遣い」で詠むことが多くなっているが、この歌集を開く度別のお歌に新たな共感と気付きを思うのだ。
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