2014/9/14

「そののち歌会」九月  「そののち歌会」

何だか慌ただしい中で「そののち歌会」153回がはじまって、自分ではこの歌会が一番大事なようにも思えるのだけど、歌が抒情的に読める時期と明るく突っ張っている時があるので、どんな歌がいいのか(歌会に合っているのか)なんて考えてしまったりしました。雨模様の湿気の強い日が続いたので、割合歌の方から来てくれた時期で(良い悪いは別にして)お題「家具」の難しさにも気にせず一首で仕上げました。
今回は詠草が揃ったら、結構かぶった家具があって、家具にはいろいろあるのに結局は「椅子」「テーブル」「箪笥」のようになってしまうのかと思いました。18人18首と少しゆったりした回でした。私の歌、お題「家具」

洗い髪のままに凭れる籐椅子の端の破れに思う古傷

籐椅子は肘掛が多くどうしてももたれたり、居眠りしたりするもので、もう一首籐椅子にまどろむお歌が出ました。詠草一覧で読みかえしてみると、少し重くて言葉の詰め過ぎを感じましたが、コメントにも言い過ぎと言う指摘はありました。4点頂きました。
今回は、選がしにくくて「わっこれが絶対好き」と言うお歌も無く反対に悪くないけど小さなところが気になると言うお歌が多かったのです。こんな言い方は生意気なのですが、選歌と言うのは結局は好き好きに依ってくるのだと思うのです。天賞ではなかったけれど、とてもよく出来たお歌に(泳二さんかなと思ったらやっぱりそうだった)ランディー・バースの新聞の写真のお歌があって、私でも名前は知っているので、そのくらいの人でもいいと思う歌だなと考えたのに、やっぱり野球好きじゃないし阪神タイガースに思い入れないしと選にはしませんでした。(泳二さんごめんなさい)

ゲストは「塔」の新人賞受賞者佐藤涼子さま。東日本大震災の被災者としての力強いお歌を詠む方と聞いています。
選外の歌にも全首評をいただいて、私の歌への評
<「思う古傷」が語り過ぎだと思います。「もしかしたら、昔の苦い思い出のことを考えているのかも知れない」と匂わせるくらいで良いと思います。>     佐藤様ありがとうございます。
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2014/9/9

「きりぎりすとこおろぎ」  短歌

秋の気配が少し感じられるころには、こんなビルの四階のベランダでも虫が鳴きはじめる。たいていはコオロギの仲間で,綺麗な声だと思うのはアオマツムシという外来種らしい。この前「朝顔」と「桔梗」の名前の混同について書いたが、「こおろぎ」と「きりぎりす」も同じように中世までは漢字で「蟋蟀」と書く虫は「きりぎりす」と呼ばれ、中身は「こおろぎ」だったらしい。
歌の世界でもすぐに浮かぶのは

きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに衣かたしきひとりかもねむ 
                  後京極摂政前太政大臣

と言う「百人一首」の歌だが、これは「新古今」から採られている。私にはなじみ深い歌なので、多くの「きりぎりす」の歌があるかと思ったが「古今集」でも

もろともに鳴きてとどめよきりぎりす秋の別れは惜しくやはあらぬ 
                        藤原兼成

一首だった。しかし「枕草子」40段にも虫の名として「きりぎりす」が松虫などとともにあげられ、解釈本にも「こおろぎ」であるとなっている。鳴き方の記述はなく、図鑑などでキリギリスは「ぎーちょん」など短い声を張り上げるのにコオロギは「コロコロ」と鳴きつづけるとあるので、お歌の様子からも人の住まい近くで鳴きつづける「こおろぎ」なのだろう。確かに前のビルの一二階に住んでいた時、一階のトイレの中にコオロギが入り込んで、夜中に良い声で鳴いていたことがあった。怖がりの私でもさすがに怖くも無くいい気分だった。トイレのコオロギでは、先生のあだ名につける「便所コオロギ」みたいだが、そちらは「カマドウマ」の仲間で鳴かないのだ。
ウィキによると江戸時代の「虫売り」は鈴虫などとともに「こおろぎ」を鳴く虫として売っていたというので、そのころから名前はわかれたのかもしれない。昔、理科の覚え歌のように歌っていた歌があって、あれは何だったのだろうと検索したら

<きりぎりすは羽根で鳴くかよ 蝉ゃ腹で鳴く わたしゃ貴方の胸で泣く そうだそうだ まったくだよ>

と言う歌で「新土佐節」というのだそうだ。平安の頃の和歌で始まって、戦後の俗曲に話を持ってきてしまって申し訳ないとも思うが、虫の鳴き方は羽をこするのと、腹部を震わせるものがあると教わった記憶がある。
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2014/9/4

「短歌賞」というもの  短歌

もう9月になってしまいました。例年より早く風が涼しいような気がします。
私が短歌賞というものに挑戦してみようか、と思い立ってから今までの事を書いてみようと思います。それは去年の秋に若い女性のブログで、角川短歌賞に出して選にならなかった方の五十首を読んで「大層レベルが高いのに入選しないとは空恐ろしい、私は応募など考えないけれど」と言うコメントを入れたお返事に「挑戦するだけでもとても良い経験になる。」とあったのが、どこかにひっかかっていたのです。そういう言葉はネット上でもよく聞くし、受賞した人でも何回目ですなどといっているのは、芥川賞や直木賞でもみんな頑張っているみたいで。ただ若い人は何回も挑戦するだけの時間も体力もあるよねー、と言う思いがあったし、年寄りが新人賞に出すってどうなのと言う気持ちもありました。

連作そのものには興味があって、実際に五首、十首の連作をつくるとその面白さも分ってきます。このブログにもはじめの頃から、連作をやってみたらと書いてきました。N短や歌会の一首詠もしながら、テーマが見つかったものを五首ずつ重ねて十五首作ったものをノートにしまっておきます。結社にいる人は「出すべき場があること」が有難いと言っていたことを思い出したりしながら、どうせしまっておいて孰れ歌集にと思うのなら、かすりもしなくても未発表の内に出して挑戦した方がいいのかなーと思うようになったのです。
50首にはどうだか、30首にはいいのではないかと言うテーマもあったので、少しずつ読んだら30首は出来ました。ひとによって十首は多く詠んで、選択すると言う人もいるし、かなりの数の中から選んで作り上げると言う人もいるようです。私は物語のようにアウトラインを作ってしまう人だから、30作って後は直すときに差し替えればいいやということにしました。知人の出版社の人にも、出してみようと思うと(内容は見せずに)言ったら「結果はさておき、それは必ず先の為(歌集)になるからやった方がいい」というお話でした。

こんなことを書いてしまって歌は出来たけれど、面倒くさがりで小心者の私は手続きがきちんとできるのか、手書きで郵送なんてちゃんとやれるのかと9月末の締め切りを前にビビッています。15首はNHKの近藤芳美賞もあるし、一首二首だと各地の歌人にちなんだ短歌祭、毎年一万首は集まると言う「あなたをおもう恋の歌」もあります。短歌賞.comというサイトでも詳細は確認できるのであなたもやってみませんか。(スパムメールみたい)

そんなわけで、ブログの更新が五日に一回になってしまうのをお許しください。
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