2015/6/11

秀歌(50)小島ゆかり31首より  秀歌読みましょう

小島ゆかりさんはこの春までNHK短歌の選者だったし、その美貌でも短歌界何本かの指に入ると知られている。1956年名古屋生まれとあるからもう60も近いのかと思うけど、今の人は皆若いし美しさを保っている。私は美人も好きだけれど、小島さんの場合「猫好き」と言うキーワードで好感度がぐんと上がっている。

「早稲田短歌」から「コスモス」に入会、宮柊二に師事して今や(大所帯のコスモスの内部ではどうか知らないが)外から見ると「コスモス」の顔の様な華やかさである。一時は「式子内親王」今は「源氏物語」の歌を読むことにも通じて、新古今に興味深いのかと思ったが、実作には現代の老人問題(お父様の介護は長かった)なども嫌味なく出てきている。
角川「短歌」H26,8月号の巻頭31首から7首を引く。

「雨の味」
昆虫のやうにストロー吸はんとす空がだんだん深くなる午後

こんなときなぜ噎せるかとかつて人をあやしみ今はわれをあやしむ

雨の味まづくなれるをかたつむり彼らうすうす気づいてゐるか

身元不明の老人のなかになつかしき雀、蝸牛(かたつむり)まぎれてゐぬか

わが父の死は本当か 朝風のベランダに蜂の骸ころがる

すずかけの葉を踏むしろき雨の足なまめきながら夜に入りゆく

明日の旅おもひみるとき猫が来てねむりの前のわが顔を踏む

父君のぼけを詠った何年か前より、亡くなって後に自分の老いを考えるところがあるらしく、小島さんでもと思ってしまう。二首目の感慨は我々年代は皆そう思う。しかし、そう思いつつも気分の中では自分は変わらず、六首目の様ななまめきのある歌を読み、猫を愛するのが我々の共感を呼ぶのだろう。
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2015/6/6

6月の歌  短歌

六月は「水無月」雨がないとも、田に水がないともいうがそれは陰暦のことで、太陽暦とは一か月近くずれているからなのだろう。
梅雨時と言うのに近年は毎年「異常気象」といって、六月はあまり雨が降らずに暑かったりする。もう「異常」ではなくて「通常」なのではとも思うが、短歌ではやっぱり「梅雨の晴れ間」などと詠いたくなる。
今月は「河童」の歌を五首連作にしてみた。河童は、有名な芥川や宮沢賢治の小説にも出てくるが、宮柊二もいくつか詠っている。それに魅かれて詠んでみたもの。

「かわいい河童」

窓ガラス打つ雨音は小さなる緑の河童のわれを呼ぶらし

愛ならば抱きもしようが今更に君は孤独な河童であれば

青葉陰遊びたいかに緑なる小さな河童の待ちているらん

初めてのお使いだから河童の子も百円握って川べりを行く

夕さればほたるぶくろに灯をいれて河童は川へと家路をたどる

異常という事とか、異形とか「ファンタジー」といえば美しく近頃好みだが、歌会などでも出せるところは限られるような気もする。私は前川佐美緒の世界にも心魅かれるし、いつか来る大地震や大噴火が今日かも知れない時代に生きていると、何を詠ったっていいじゃないかと思ったりしているがこの歌は友達には見せない、なんて思う物もある。
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