2016/3/4

湯島の白梅  短歌

このブログを始めてこの五月で三年になるので、初めの方は辿ってみればわかるけれど、書いた私も忘れていることがある。たしか「湯島天神の鏡花の筆塚」を載せているはずだと思って検索したが、それはずっと前に他所の掲示板に書いたことだと分かった。天神様の事は甥の大学受験の時に書いているが、記憶をたどって改めて書いてみようと思う。

昔新派の舞台や映画、また歌謡曲などで流行った『湯島の白梅』は泉鏡花の「湯島詣で」と「女系図」から脚色されたもので、主人公早瀬主税と芸者上がりのお蔦が、恩師からの命で湯島天神境内で別れ話をする一幕が人気を呼んだ作品だった。主税から別れを切り出されたお蔦が「別れろ切れろは、芸者の時に言う言葉」いっそ死ねと言ってくれと言うセリフが有名だった。(今の若い人にはちんぷんかんぷんかもしれないが)
多分私は花柳章太郎のお蔦も水谷八重子のも見ていると思うのだが、記憶に残るのは花柳の主税、八重子のお蔦だ。先代の八重子は声が少しかすれたような独特の雰囲気があって、薄幸の女性をやらせると実にうまかった。
その湯島の境内に梅がたくさんあったのは、天神様だからで、菅原道真をまつり学問の神として各地に天神社が建てられている。もとはと言えば道真が大宰府に左遷された時屋敷の梅が後を追って九州まで飛んで行った(飛び梅)という話に基づく。太宰府天満宮にはその梅の木があるという。

「東風吹かば思ひ起こせよ梅の花 主なしとて春な忘れそ」の道真の歌も有名だ。

今「湯島天神」といえば合格祈願の神社であるが、ちょうど試験から発表のころに境内の梅も咲きだして、見ごろは三月なのでお礼参りの人でも賑わう。以前神主さんがあまりに剪定しすぎて、ごみのような花と言われた時期もあったが小さな庭園を造園し直して、大きな紅梅やしだれ梅なども植えたのでなかなか美しくなってきた。
そして新しく作った池のほとりに、前からの物らしいが「鏡花の筆塚」の碑を建ててあるのが知る人ぞ知るなのが寂しいと思う。鏡花は尾崎紅葉の弟子なので、言文一致体の文章のはずが今の口語とはかけ離れているので、読む人も少なくなってきているのだろう。

梅が香は残るといえど慕わしく湯島境内鏡花「筆塚」  多香子
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