2016/4/8

四月の歌  短歌

気温の上下に悲鳴を上げ、忙しさに目を回しながらも四月はやっぱり春で、早いと言われた桜もそれなりに収まり北の丸公園の枝垂桜は例年位の咲き方のようだった。
春は桜だけでなくいろんな花が次々と咲くので、歌も次々と詠わなくてはなどと思うけれど「歌集」にかまけて今年はあまり花を詠んではいない。四月の歌は定まらないお天気にかこつけて、お天気関連の歌を五首を。

「天気予報は」

うちの猫(こ)が耳の後ろを丹念になでているから午後は雨でしょう

白猫が家を出てから三日目にロシアンブルーに染まって帰る

もしも明日駅にあなたが下り立てば雨の代わりにキャンディーが降る

雨連れて低気圧が通りすぎ、蝸牛管はギギギと悲鳴を

雨もやみ今夜は保湿クリームをさっぱりタイプに替える晩春

世の中は花見だ入学だと浮かれているときに、何だか色気のない歌を並べてしまった。もうじき八重桜になり藤が咲き、薔薇だなんだと言っているうちに季節の移りにおどろくという毎年のことの繰り返しになるのだろう。
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2016/4/1

秀歌(63)伊藤一彦  角川10首より  秀歌読みましょう

「心の花」の伊藤一彦さんは宮崎県在住ながら、広い活動範囲と九州愛が同居しているような感じがするのは、私の勝手な思い込みだろうか。「毎日歌壇」の選者で、今年は四月から「NHK短歌」の選者も勤める。1943年生まれで早稲田卒業後一時は宮崎県の高校教師、(現在も看護大で教えているが)東京を離れた歌人の都会への憧れと反発という歌もあった。

去年「若山牧水」の研究で現代短歌大賞を受賞。前途洋洋な感じがするのに、毎日の歌壇では「反戦」「社会詠」というキーワードが濃くなってきているように思われる。今歌人は「そこにある危機」に敏感であるが、「角川短歌」1月号の十首詠でも、百歳を超えた母君を通し自分の見た戦後日本の姿を「ハゲタカ」のように描いている。五首を上げる。

「ハゲタカ」

「父さんはほんとに死んだつよね」と幾度も母聞く「ほんとよ」と答ふ

ハゲタカがわが夢に出て人間はオレさまをうはまはると言へり

飲食のときもハゲタカの声色が耳を離れず終日をあり

母生きたる百一年の日本がハゲタカなりしあの時この時

新聞を読みつつときに半眼なり世界の修羅はいかに見ゆらむ

新年の「初笑い」競作であったが、100を超えた母君の姿に笑いはみられず、エッセイ文に昔は一家団欒の笑いがあったと書かれていて、いずこも老人と子供と不景気と戦争の予感の、不安な時代である。
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