2016/9/9

九月の歌  短歌

母の葬儀の後猫の小太郎も具合が悪くなり、一時は毛並みもぼろぼろになったりしたが、どうやらあごの傷もなおって生き返ってきた。猫はすぐ死にそうになってやつれるのだが、生命力があると回復も早く顔も丸みを取り戻しつつある。
この所納骨堂の契約や法事の手配でものすごく忙しく、歌も思うように詠めないでいる。せめて秋の感じがしてくればと思うのに、台風ばかりで暑くて湿気の多い風が吹いてくると気分も下がりがち、九月の歌は過去歌を並べるが少し秋めいた歌で気分を持ち上げてみたい。

「すこし秋色」

肌色のストッキング脱ぐ昼下がり足裏に伝う床の冷たさ

夕顔の仇し心を誘うよう浮気な夜風がすりぬけていく

詐欺だとは気付かなかった「僕は君の猫です」というから拾ってきたのに

標野行くきみが袖振る紫のうすきストール肩に装う

空蝉の術で私のこの胸に入ったあなたはしのびの者か

たそかれと思ううす闇窓越しにほうずき鳴らす女の横顔

全部以前「うたの日」に出した歌で、点が良かった歌ばかりではない。読み返してみたら、それほど秋らしくもなく本当に「すこし秋色」だったかと思った。でもそこはかとなくおかしげのある歌も入っているのでお許しを。
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2016/9/2

上野「カヤバ」という珈琲店  短歌

私は三歳から小1の終わりまでを上野の桜木町で過ごした。(あくまでも戦後です)その昔寛永寺の塔頭の並ぶ寺域であったあたりは、割合に焼け残って、そこへだんだんお店も復活して根津にかけての三崎(さんさき)坂はそれなりに賑やかな商店街になっていた。我が家は芸大の塀の途切れるところから大黒天の一本横道に旅館を再開していた。静かなお屋敷街でそういうお屋敷を買い取って何軒かの旅館が出来ていたが、地方から東京見物の「修学旅行」生には静かすぎて不評であった。

それでもやっと出回ってきた食品の入手も楽で、トロリーバスも坂を行き来するので暮らしは楽になったような気がしていた。子供の良く死ぬ「疫痢」(赤痢の子供の呼び名と聞いたが)が流行ったので、わが家では駄菓子屋も「紙芝居屋」も禁止であったが、住込みの女中さんたちとともに食べるおやつは、近くのパン屋さんか「岡野永泉」のお菓子などだった。
お店でたべる甘いものは広小路まで(お出かけと言う特別な日)行って「永藤」のパーラーか、「みはし」と決まっていたから、家の近くの甘い物やさんには、子供は入ることがなかった。

 通りの角にその時でも古めかしい木造の、カフェなのかバーなのかというような店があって看板には「カヤバ」となっていたが子供心には「かばや」ではないだろうかと思ったりしていた。入口に「コーヒー」とか「レモネード」という紙が貼ってあったところに「お汁粉」というメニューもあったので、どんな店なのか子供なりに興味を持っていた。しかし大人は連れて行ってくれず、一度も中に入ること無く私は神田に引っ越してしまった。

十年位前からまた上野に買い物のついでに昔のあたりを見回したら、昔ながらの建物は有ったので入ってみたかったのだが、斜め向かいの「オーギョーチー」に入ってしまったり、それ以来いまだに中を覗いていない。先日ひょっとしてネットに情報がないかと検索したら、「大正の建物」の雰囲気ある珈琲店と出ていた。昭和13年の創業で、経営者は亡くなり平成20年秋、NPO法人たいとう歴史都市研究会とSCAI THE BATHHOUSEが協力して建物を借受け、平成21年9月、カヤバ珈琲店を復活再生したと書いてあった。店内の写真もあって、私ははじめてお店の中を覗いたわけだけれど、想像よりはやはりモダンな感じてあった。

うらさびた場末のカフェーが客を待つサイフォンコーヒーだけが取り柄で          多香子
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