2018/12/28

本年の述懐とよろしく  

新年おめでとうございます。あらたまの時代の風が和やかで清新でありますよう祈っております。本年も皆様よろしくお願いいたします。

昨年をふり返れば、何と言っても第一歌集『古今さらさら』の上梓とお教室の方々で開かれた「批評会」でしょう。そして暑い夏に抜け殻のようになりながら、ようやく立ち上がったら義妹の死という予期せぬ展開がありました。
それらのことは道々書いてまいりましたが、「歌集」の出版という事の大変さ(今年は殊に歌集が多く出たような気がします)ここに書けない事もいろいろあります。それでも私にとって一つの目標であった「歌集」が出来て、主人と金婚式も迎えられたので、なんという幸せな事だろうと言う気持ちが本当です。

もう晩年と言える年に成って足跡を残すことが出来たのは出来すぎとも思うけれど、では来年からどういう方向性なのかというと分らなくなってきます。プロの先生方は「第二、第三歌集を」とおっしゃるけれど、これからエネルギーも無くなって行くと思うととても力が無いような気がします。(でも、やりたいことはあるのですけど・・・)美しく賢かった義妹が、十分な足跡は残さずに逝ったことを思うと、私はしばらくは「ただ詠みつづけていくと言う事」楽しみつつ新聞投稿などもしながら、「歌」を増やして行くことなのかなあと思っています。

月並みな言葉ですが、掲示板「風」ともども皆様に支えられ、励まされて一年を過ごすことが出来ました。ありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします。

日は暮れてわれはひとりで沙羅双樹知らない道をとぼとぼとゆく   多香子
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2018/12/21

納骨の記   

16日(日)東京でもものすごく寒いと思う日に弟の妻の納骨法要を行った。弟は鎌倉在住の考古学者で、仕事関係の付き合いも殆ど鎌倉なのだが、子供もいないので「河野家」の墓に入ることになっていた。母が亡くなった時に新たな「納骨堂」を買った話は前に書いたと思うが、早稲田の古いお寺が大きなビルを建て、地下に納骨堂、礼拝室を作ったので法要は三、四階吹き抜けの本堂で行われる。ビルなので参拝も地下室で暖かいのが取り柄であつた。

弟とその妻は(私も)幼馴染で大人になって再会してから結婚して39年だったという。71才は現代では若いけれど、昔を思えばそこまで生きたと思えるのかもしれない。私たちが金婚式を迎えられた事は結構な長さなのかもしれないとも思った。
認知症と言われてあっという間の三年、急に亡くなったので皆あっけにとられて悲しむひまもない状態だった。年内に納骨しなければと(私が采配で)頑張ったので、大層疲れたけれど済ませてほっとしつつ、さあ年末の仕事だとどこまでも落ち着くものではないようだ。
親の代は叔母一人を残してみな亡くなったので、この所いとこ達と会食することが多い。今回も仙台の従姉妹も出てきて、昔話に、孫話に花が咲いた。何処の家もそれなりに問題はあるのだけど、その愚痴も言えるくらいな年になったなと思ったりした。

先月末に痛めた左手はなかなか治らず、使わない方がいいとの医師の話も聞くわけにいかないけれど、大掃除はあきらめることにした。このブログを始めたころに義妹のリクエストで詠んだ鎌倉の歌(題詠だったので本当に下手に詠んだのだが)思い出のために貼って置こう。

夏浅くリスとカラスと黄揚羽がかくれんぼする木漏れ日の中   多香子
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2018/12/14

童謡「毬と殿さま」  短歌

寒くなると「こたつで蜜柑」が合言葉であったが、このごろは果物の種類も増えて、一日に蜜柑を何個も食べると言う事は無くなっている。それでも冬はちょっとした籠などに蜜柑を乗せておいて、来客などにひとついかがと勧めるのはお茶を入れる暇がなくても良い手かもしれないのだ。
私のひいお祖母さんは静岡の出だから、昔は少し酸っぱい静岡蜜柑が箱で置いてあった。けれど八百屋さんで買うようになると愛媛ものが甘く、和歌山の有田蜜柑は高級品であまり買うことはなかった。
「てんてんてん毬」で始まる毬つき歌は、女の子なら愛唱歌で今でも覚えているが、毬が転がってお殿様に拾われ紀州にまで行って蜜柑になった歌だと言う事は大人になってから分かった事だった。

「毬と殿さま」 作詞 西条八十 作曲 中山晋平

@てんてんてん毬 てん手毬  てんてん手毬の手がそれて
 どこからどこまで飛んでった 垣根を越えて 屋根越えて
 表の通りに飛んでった飛んでった

A表の行列なんじゃいな 紀州の殿様お国入り
 金紋先箱 供ぞろい お籠のそばにはひげ奴
 毛槍をふりふりやっこらさのやっこらさ

Bてんてん手毬はてんころり はずんでおかごの屋根の上 
 「もしもし紀州のお殿様 あなたのお国のみかん山
 わたしに見させて下さいな下さいな」

Dてんてん手毬は殿さまに 抱かれてはるばる旅をして
 紀州はよい国 日のひかり 山のみかんになったげな
 赤いみかんになったげななったげな
 
(「野ばら社」『童謡』より)

スペースの関係で四番を除いたが話の流れは分ると思う。母が童謡好きで母の持っていた古い本から引いたが、今でも歌われるだろうか。
紀州の出の風太郎さんは「紀州の手毬」の歌を詠んだ事があって、お土産品にも手毬があると知ったし「風の歌会」のやねうらねこさんも有田蜜柑の産地の人でご縁のある地である。

手毬つき遊びし昔の少女たち我らはゴムの手毬をつきぬ   多香子
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