2019/6/28

秀歌(87)久々湊盈子「角川短歌」十首詠より   秀歌読みましょう

久々湊盈子(えいこ)さんは、いつも着物をお召しのイメージがあって、私よりずっと年上の気がしていたのだけど一年上位の同年代であった。と書いても面識がある訳ではなく、不識書院さんが地下鉄の「新御茶ノ水」駅で出会ったら「この近くで歌会をやっているの」と言っていたという話を聞いたからだ。
「合歓」という結社を主宰していて、その歌会なのだろう。上海生まれで戦後すぐ長崎に引き上げてこられたそうだけど、私なども三歳ぐらいまでの記憶はないから、ご苦労は親御さんの物だったかも。「角川短歌」五月号の十首詠から六首を引く。

「煉切」

<月映>(つくばえ)と名付けられたる黄味餡の練切(ねりきり)を食ぶまなこを閉じて

教育勅語の埃はらいて唱えさす学校あれば通わす親あり

昼電車に居眠る強面(こわもて)が取りおとすスマホの待受(まちうけ)パンダの香香

殺処分の明日を知らねばココ、ココと千羽の鶏(とり)が産む白たまご

締め鯖の青照りめでて居酒屋のおやじの薀蓄も肴(あて)の内なり

隠れ家にしている小さな喫茶店窓辺にもうすぐミモザが開く

年が近いと言う事は、社会に感じるものも近いのかもしれない。二首目の森友問題のような学校の復古化は私達世代が一番危惧する処だし、鳥インフルや豚コレラによる殺処分には、生きるために食べてきた時代を知るものの、理解不能な現代がある。
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2019/6/21

「毎日歌壇」掲載」  毎日歌壇他

紫陽花の季節ではあるけれど、家の紫陽花は三四年咲かなくなり、ガクアジサイの「隅田の花火」だけが花は小さいなりに毎年よく咲くのです。四階のベランダなので難しいのか、でも何十年もやっている園芸経験からは植物はあちらまかせ、その花の咲きたいように咲いている気がします。猫も自分の気ままな所が猫の魅力だとなると、人間の中にも「ほっといてよ」と言う種類の人たちがいるのかなと思ったりします。

私は、自由も好きだし、人と触れ合うのも好きです。只困った事には何かに気が付くとそれに捉われて「ジンクス」のようになってしまう事があるのです。短歌の投稿をはじめて、葉書など自筆のものが採られることは殆どなく、ウェブ上のフォームから送ったものは採られると言うのがまるでジンクスのようにになってしまって、それを破ろうとときどき自筆の応募も続けているのですが、まだ成功していません。

六月11日付「毎日歌壇」米川千嘉子選で一首とっていただきました。

花水木はなびらでないと言われれば頬染めながら咲き終わりゆく   河野多香子

今年は米川先生も三ヶ月置きぐらいで、心もとなくなりますが、嬉しいことです。花水木は紫陽花と同じで花のようなのが「苞」真ん中の粒々が花なのだそうです。今は赤と言うよりピンク色の物が増えていますね。米川さまありがとうございます。
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2019/6/14

「みずつき8」  折本

今年も「みずつき」の季節がやってきました。No8というが2013年からだから六年めです。千原こはぎさんが主催者で、毎年五月に呼びかけネプリとウェブ版で七十人ものクラスタが「水」に関連した短歌六首連作を投稿しています。
そう言うネプリの走りだったのではないかと思うけれどツィッターアカウントを入れているので、私は参加せずに読むだけでした。去年投稿フォームでこはぎさんに聞いたら、アカウントは「なし」でよいというので、急いで六首まとめて参加しました。

年齢的にもクラスタとはおもわれないかなと思いつつ、ネットの世界は私にとってやはり大切です。今年も絶対に参加するぞと五月に作ってしまって、自分なりに納得して投稿しました。こはぎさんのサイト記事はこちらhttp://kohagi-orz.jugem.jp/?eid=2399
コンビニやプリンターで出せば、縦書きの冊子になるので是非出してみて下さい。(6/17までだそうで、ウェブ上ではずっと見られます)今年は74名だそうで、自分の歌だけ上げておきます。

「かたつむり」   多香子

雨はもうあがったかしらと頭出し角をのばしてみる夕間暮れ

雌雄同体だから私一人を慰めるしかなくて哀しい

花柄の傘をくるくる回すとき雨という字の確かさ思う

悲しいといつも隠れた紫陽花の子供のころから不器用な性質

村雨も乾くこころにやさしくて六月わたし一人でも平気

から梅雨に倒れ伏したる紫陽花を困った顔してみるかたつむり
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