2019/10/25

「てるてる坊主」  

今年の水害はというより、毎年毎年場所を変えて思いもかけないところに豪雨が来る。今年の台風は特別のような気がしても、以前にあった台風禍もひどいものであったに違いない。この頃の雨は「てるてる坊主」をつるすなどの暇なく災難が襲い掛かってくるみたいだ。
私はめったに「てるてる坊主」を作ったりしなかったのは、運動会が好きでもなく、行楽のために晴れを祈願もしなかったからだろうか。いとこが多くて出かけるのが好きな家族には、晴れ女晴れ男が一人以上いたのだろう。晴れて出かけて帰りにはにわかの大雨にタクシーに詰めるだけの人数を押し込んで帰ったことなど、今は楽しい思い出になっていたりする。

「てるてる坊主」 作詞:浅原 鏡村. 作曲:中山 晋平

@ てるてる坊主 てる坊主あした天気に しておくれ
  いつかの夢の 空のよに晴れたら金の鈴(すず)あげよ

A てるてる坊主 てる坊主あした天気に しておくれ
  私の願(ねがい)を 聞いたならあまいお酒を たんと飲ましょ

B てるてる坊主 てる坊主 あした天気にしておくれ
  それでも曇って泣いてたら そなたの首をチョンと切るぞ

作詞の浅原さんという方は知らなかったが、中山晋平は有名、その出所の信州中野も今回の千曲川氾濫の影響を受けている。歌詞が初めはかわいらしくご褒美の約束なのに、最後は首を切るぞとおどす怖い歌になっているので、「ほんとは怖い○○」などに引き合いに出されることもあるが、日本に限らず近代までは残酷なことは普通に語られる勧善懲悪の時代だったのだ。私の子供のころは、白い切れをもらって丸めた屑布をくるみ、ひもやリボンでくくって作ったものだが(それも絞首刑の様相になったり…)いまはテッシュで簡単に作るのだろうか。

夕立は豪雨となりて道の上に街を逆さに映して朝やむ     多香子
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2019/10/18

「四季」夏号の歌  短歌

台風は15号で千葉に風の禍を、19号は広い範囲に雨の禍をもたらしました。思いもかけない河川の氾濫に被災した方々にお見舞い申し上げます。
「四季短歌会」の夏号が出ました。少し遅れ目でしたが、私にすると二回目で年に四回だから楽だろうと思っていたのに、あっという間に時は過ぎるのですね。夏号に寄せた10首をお読みください。「赤色エレジー」という題が先に出て、頑張ったつもりだけどすこし抑え気味だったなあと思っていますが。

「赤色エレジー」

どこまでも幸子の幸は夢の中令和の夜には夢さえ解けて

夏の花ハイビスカスの長きしべ海の向こうを懐かしんでる

神様の昼寝の隙にパーティーを赤い金魚のひれをまといて

あの百合もこの合歓も皆いとこにて毎年一人ずつは欠けゆく

房州に別荘ありしその昔「われは海の子」そのままに育ち

はまゆうは真白き花を砂浜に開きて果てるその実はふとる

子供等は夢中に泳ぐ夜の海ひらひらひらと夜光虫まぶし

きちきちと鋭い声で鳴きながら雀の戦争いつか平和に

ゆるやかな赤いドレスの金魚たち水槽の中に潮騒を聴く

赤き夢 幸子の幸はいまいずこ昭和平成儚くすぎて

もう半世紀も経つが、安保闘争や学生運動のなか「ガロ」「コム」という漫画雑誌が独創的な世界を創造していた。「つげ義春」「白戸三平」など商業ベースからではない作家が脚光を浴びていた。「赤色エレジー」は林静一(小梅ちゃんのCMの絵で今も知られる)が「ガロ」に連載していたイラストレーターの若い男女の同棲生活だったが、その話にあがた森魚が作詞し、作曲:八洲秀章で発表した歌のほうがより流行ったような気がする。「同棲」という言葉もはやり、大学生は憧れていたが現実に生活していた者は少なかったような。「幸子と一郎物語」と閉められる切ない歌詞と曲は若い時代を過ぎた人たちにはより心に突き刺さったのではないだろうか。
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2019/10/11

「消費税」が無かったころ  

10月に消費税が上がって、まだなんだか結果は出ていない物の、納得できないないような現象は起きているようだ。振り返って消費税導入っていつだったのかしらと思うと「DAIGOのじいちゃんが導入したために、内閣がつぶれた」などという話くらいしか覚えていない。調べると平成元年だから、もう30年も前、若い人は消費税がなかったことなど知らない人もいるのだろう。

私ももう記憶のの彼方だけど、海外生活のある義姉が「そんなもの導入すると、お買い物の計算がとても大変」と反対していたのは覚えている。実際に実施されたとき(3%だったけど)外税はめんどくさくて内税だとあまり考えなくていいから、まあいいやという気持ちだったような記憶ぐらい。それまでは「贅沢品」や「遊興費」に物品税がかかって、デパートは高級品を扱うところだった。家は昭和まで旅館だったから「遊興飲食税」というのがあったように思う。

庶民は車や宝石、高級酒、高級旅館など高根の花と思っていたから、手に入らないのは悔しくもあったろうけど、普段の生活にかかわらないから「金持ち」から税金がとれるのでいいと思っていたのか、自分もいつかいっぱい税金を払える身分になりたいと、高度成長を支えたのかもしれない。
消費税がなかったころ、貧富の差は目に見えていた。(そんな気がする)でも学校の教材、運動靴など一律ということはなくて、自家に応じたものを買い、兄弟はお下がりを使ったりした。

はじめ3%の消費税の代わりに、物品税は廃止され一億総中流の時代がくると、貧富の差は見えなくなってみんな同じ暮らしをしたいという時代になった。いま、消費税のほかに酒税、たばこ税、自動車税などがあり、地方税も高くてなんだか二重取りされているような気分がある。介護保険の使用率や医療保険のカットなど、昔より福祉は悪くなっているように感じているのはわたしだけかしら。昔も今も、みんな大人しく税金を払って、その使い道には何も言わない国のようだ。

ああ遠くゴロゴロ響く西の方もうそろそろか台風の雨  多香子
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