2020/2/28

主人退院と世の中の景気  

26日に主人はやっと退院しました。二月を殆ど病院にいたことになって、振り返っても年の初めから「何だったんだろう」と思う日々でした。まだ貧血もあと一歩、鼠径部が手術しなかったほうはヘルニアのようになって、いずれ引いていくのか分かりませんが、コロナ騒ぎの中では家で静かに静養させたいです。といって、歩かないと筋力は弱るし、動きすぎると心臓に堪えるしでほどほどとはどのくらいか計りつつ行かなくてはと思います。

新型コロナウィルスのせいで、懸念されていた世の中の動きが悪化してくるのは、都心にいるほど早く感じます。家の周りはスポーツ屋街なので二三年前から景気は冷え込み、それでも中国人と白人系の買い物客が大分いたのです。今は中国人はもとより白人の観光客が激減して、スポーツ屋はオリンピックの年なのに、店じまいをするところが増えてきました。スポーツ大会の中止、イベントの中止なども飲食店を含めて影響が大きいのでしょう。テレワークとライン、ネット上のつながりが大事になるでしょう。

街が適当にすいているのは、ゆとりがあっていい気分なのですが、通勤電車は相変わらず満員、三月の確定申告、省庁や大手の三月年度替わりなどで、休めない人たちがマスク姿で通勤し受験生も気の毒です。歌の世界も大きな結社の人数の多い「歌会」は中止の通達が飛び交っていますし、歌集批評会なども延期になっています。初めのうちはこんなに拡大すると思わなかったのに、こうなってくるとずっと冷え込んでいた景気は一気に悪化するのではないかと心配されてきます。
去年主人の病気が分かった時は、これからは二人で半分ずつの力で行けばいいのだと決心したけれど、今年は周りの知り合いも病気になったり大変な思いをしています。今の世の中を見ていると何か妖(あやかし)の力に引きずり倒されているような不気味さを感じてしまいます。

日は暮れてわれは一人で沙羅双樹知らない道をとぼとぼと行く   多香子
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2020/2/21

「いろんなこと」  

17日月曜日に主人の血瘤を取る手術がありました。終わって外科医のお話では静脈ではなく動脈を傷つけたほかに静脈にも癒着が起き、あれこれこうなって・・・静脈の横に大きな穴が出来ていたとか。それが縦から止血の圧迫では効かなくて大量の血が足の中に出て・・・(あまりグロなのでやめます)その時は分かったけど今ではもう霞の彼方のような話です。でもかなりの血の塊を取ってもらい、何とかなりそうな感じですが、もうこの方法はこりごりと思いました。

ステントでもそうらしいのですが、術後上向きのまま動いてはいけない、というのは苦しい作業です。医者でさえ「辛いと思う」と言っているのです。でも出血しないように固定し、拘束するのです。外科手術の時はすったもんだの末、腰のベルト固定だけで全身麻酔の主人は殆ど寝ていたので私も見ないで帰りました。

昔は医者に「お任せします」といったけど、いまは一つずつ同意書を書きます。たいていは嫌だけど、こらえて書きます。危険性の項目に何億分の一というリスクが書いてあると、お医者は「何億回もするわけじゃないから大丈夫」と言います。私は「カメは千年というけれど、買ったばかりの亀がすぐ死んだ」「ちょうどその日が千年目」という落とし噺を思い出します。主人の災難もそのリスクを引き当ててしまったみたいです。来週には退院でしょう。

タロットの運命の輪はメビウスと違ってきっと好転をする

病みし木を再びと祈り手入れせし願い届きて桃に花咲く     多香子
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2020/2/14

主人再入院と「冬景色」  

主人はやっと退院したと思ったら、右足が丸太のように腫れて(鼠径部からカテーテルを入れたので、静脈が傷ついて瘤になったらしい)また入院になりました。私も疲れてしまいます。予期せぬことだったので、一週間ほどの予定ですがだんだん病院と仲良くなるのはいやですね。

私たちが小学校で習った音楽の曲には、戦前の文部省歌も戦後の新しい曲もあったけれど、今(実はどんな教科書かまるで分らなくなっている)の教科書からは姿を消した歌も多く同時代でも教科書ごとに違ったので、主人に聞いても知らないというものもある。冬の歌というと思い出すのは「冬景色」で今でも「名曲アルバム」などでも流れてくることはあるが、しらべてみたら大正2年の「尋常小学唱歌」であった。三番まであるが、今も空で歌える二番までを上げる。

 「冬景色」

@ さ霧消ゆる湊江(みなとえ)の舟に白し、朝の霜
ただ水鳥の声はしていまだ覚めず、岸の家

A烏啼(な)きて木に高く、人は畑(はた)に麦を踏む。
げに小春日ののどけしや かえり咲きの花も見ゆ

言葉は難しく、流麗な文語調なのだけど、きれいなメロディーに乗せて歌うと寒い冬にもかかわらず、懐かしい暖かな風景が浮かんでくる。港のある風景は私にとっては房州の町だからだろうか。海の近くに田畑を擁し昔はこのような田舎が広がっていたなあと思う。
一番の「湊江」は歌っているときは「港への」だと思っていたが、字面でみると「入り江に船が係留されている」のだとわかる。二番の「麦踏み」なども今の若い人は知らないのだろう。都会育ちの私たちも絵本などでみて、親から麦の苗は冬に踏んでやると強く育つと教わったものだった。
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