2020/12/25

今年の述懐と「毎日歌壇」掲載  毎日歌壇他

主人の病気ではじまりコロナの蔓延が続く令和二年が終わろうとしています。いろんなことがあったのにただただ追われるように日が過ぎて、「ひどかった」という思いだけが残る一年でした。
でもよく考えると、ひどい出来事の時にはほっとするような「助け」があって、人の優しさや思いというのは大切だとつくづく思いました。自分も人に出来るだけ優しくありたいと心掛けていましたが、世の中に対して怒ることは抑えられません。
歌を詠むときには怒りは怒りのままに、優しさでくるんで出したいと思っていました。夏の暑さにはいつもに増して歌がうまく詠めなくて先生方から檄を飛ばされたりして(それが良い刺激となって)秋風とともに自分の歌を取り戻して来たような気がします。

掲示板「風」の家庭教師の座も自分には向いているのかもという気もして、主人のこと会社のことも忙しいけれど、自分のやるべきことはやっていこうという心持に至りました。今年は一年を締めくくるという気持ちにはなれません。コロナもまだ終息しないし、主人との生活も一生ものでしょうから、ただただ毎日を生きて行くだけなんだろうと思っています。

12月15日付「毎日歌壇」米川千嘉子選で二席を頂きました。

撫(な)で牛は柵に囲まれ寂しげに湯島は静かな菊花展なり   河野多香子

<評>天神様のお使いで痛い所を触ると御利益がある撫で牛。今年は触れない。

先月「今年の菊花展」で書いた湯島天神に行ったとき作った歌でしたが、米川さまは何時も読み込んでくださるのがありがたい選者さんです。評が付くのも久しぶりでうれしいことでした。

今年一年、いろいろな「お助け」を下さった皆様、私が気付かずに傷つけたかもしれない皆様も、私を生かして下さったことそれぞれに感謝しています。これからもよろしくお願いいたします。
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2020/12/18

唱歌「冬の星座」  

随分前に「星の界」という曲についてこのブログで書いたことがあるが、それとよく似た曲に「冬の星座」がある。歌詞を間違えて歌っても嵌まってしまうようなところがあるので、いつもどっちがどっちだか分からなくなるのだ。
もしかして同曲異題かと調べてみたら、これが全然違って「星の界」はアメリカの曲でコンバースが作曲、「冬の星座」もアメリカで大衆作曲家のヘイスの作品だった。
作曲時期は19世紀中ごろと近い時期で前者は明治期に教科書に、後者は昭和22年に今の詞で発表された違いと分かった。元題は「モリー・ダーリング」で訳詩となっているのは、「星の界」のように全然別の詞を付けたのではないという事なのか。でも元歌は甘い恋の歌だそうで???だなあ。

「冬の星座」   訳詩 堀内敬三 作曲 ヘイス

1)木枯らしとだえて さゆる空より 地上に降りしく 奇しき光よ
 ものみな憩える しじまの中に きらめき揺れつつ星座はめぐる

2)ほのぼの明かりて 流るる銀河 オリオン舞い立ちすばるはさざめく
 無窮を指さす 北斗の針と きらめき揺れつつ 銀河はめぐる

歌詞は、「星の界」よりは軽い文語ですが、二番に「無窮」と同じ語が出来て、二番のほうが少し難しい。私自身はどの学年で習ったか、あるいは習わなかったか覚えていないのだが、一番はほぼ空で歌えるのに二番は全然記憶していないと思い至った。私の父は迷作詞家(!)でこの歌も勝手な文句で歌っていたが、それだけ我が家ではポピュラーな歌だったのだろう。

かさかさと冬の始まり聞く夜の大空晴れて星二つ三つ    多香子
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2020/12/11

12月の歌  短歌

嘘でしょと言うぐらい早く師走になってしまいました。11月に寒かったり暖かかったりしたので右往左往している間に12月に突入。コロナも増えていつまでという不安ともう来年までは終息しないだろうというあきらめの気持ちです。毎日主人と熱を測って、もし(コロナではないとしても)熱が出たらどうしようと考えると不安だから考えないことにしています。
12月の歌は「うたの日」の過去歌から七首組んでみたら今年風の冬の歌になって、そういうものなんだろうなと一人納得しています。

「冬の街」

忘れられバケツの中にひとり浮くアヒルのジョウロ冬は冷たい

かの猫が三年眠る庭のすみ白い山茶花今年も咲きぬ

冬至にはニュージーランドのかぼちゃ煮て風邪はひかないこれで安心

残された木守柿ひとつあかあかとカラスの帰るを見送っている

凍て鶴が夕陽に染まり飛んでゆくなんの成果も出せぬ日の空

「月に住むウサギはどこに隠れるの」帰りの道に二日月浮く

あなたから最後のメールをお守りに新しい町で暮らしてみます
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