2021/5/28

「NHK短歌」テキスト六月号  NHK短歌

「NHK短歌」はこの号から「四月、新選者」の分として掲載になりますので、皆さんそれぞれに今年はどんな傾向なのだろうなどと期待するところではないでしょうか。選者が若くなることは、未来に向けても仕方のないことで各結社も中堅を押し出して裾野を広げたい思いがあるのは「専門誌」でも同じことでしょう。

「題詠」というのは、短歌の勉強という点から考えると思考の幅を広げて、どんなことをその題から創造(あるいは想像)できるかと言う点で、広い世界も詠めるようになるし、古い記憶も思い出せるなかなか良いアイテムだと思います。NHKの性格上あまり過激な思想は排除されるけれど、テキストを見ると「そんな発想もあったのか」と気付ける歌が並んでいるところが(まんべんなくという意味からも)選者の力が示されるところだなと一人思っています。

「テキスト六月号」田村元選「飲む」に佳作で一首掲載されました。

コロナには負けたくなくて春の朝腰に手を当て飲むヨーグルト    河野多香子

田村元さんは「りとむ」「太郎と花子」の歌人で、関東から北大に行き、今は横浜在住。「歌人の行きつけ」というエッセイ本もこのところ好評で、N短の放送でもお店を紹介しています。お題の「飲む」は本との関連でお酒なのかとも思ったのですが、私はお酒が飲めないのでエイとヨーグルトで詠みました。テキストを見てもいろんな飲み物、飲むシチュエーションが詠まれていて、今の(みんな若い)短歌をやる人の目の付け所が多岐にわたり、これからが楽しみと思いました。
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2021/5/21

「毎日歌壇掲載」と筍御飯  毎日歌壇他

この期に及んでオリンピックがどうなるのか騒ぎになっている。というか私はとうに中止宣言をしてよかったのにと思っていた。ワクチンの狂騒曲も予想はしていたけど接種熱も冷めてしまうだろう。五月は明るく騒々しい月と思うのに、心の沈んだ湿っぽい毎日なのは嫌だなあとぐちりながら。


四月から五月は筍ご飯と豆ごはんの旬で、毎年短い期間に何回か食べるのがちらし寿司とともに祖父の遺言でした。母が食べられる間は家で作り仏壇に供える習慣だったが、母が硬いものが噛めなくなってから作る回数も減ってしまいました。
今は主人の療養食で硬いのは平気だけれど、塩分を控えるため味付けご飯は二週に一回の炊き込みご飯と(五目寿司の素で作る)ちらし寿司になって、今年は「筍ご飯」という形はしていません。仏壇から「どうしたんだ」と祖父や父の声が聞こえそうな気がします。
そんな季節を詠った歌が5月17日付け「毎日歌壇」米川千嘉子選に掲載されました。

仏壇から手が出ると母がよく言った祖父に手向けの筍ご飯   河野多香子

暮れから大分遅れていた選歌期間がスピードを上げたのか、ひと月ほどになりました。そのままの日常詠ですが私は過激な社会詠も挟んで出しています。世情が騒がしい時はなかなか取られないものと思いながら。米川様ありがとうございます。
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2021/5/14

秀歌(98)大森静佳「角川一月号」より  秀歌読みましょう

大森静佳さんは今年度のNHK短歌の選者になり、若手の中でも元気よく走っているイメージがあったけれど、「Bootleg」の土岐友浩さんと結婚していたのは知らなかった。岡山生まれ京大短歌から「塔」短歌会の31才、京都から大阪在住。
毎日歌壇の投稿から「塔」にはいったようなので、河野裕子の引きがあったのだろうか。去年角川から出した「河野裕子論」の評判もよい。今回は「角川短歌」一月号の競演七首から四首を引く。

「滝へ」

雲よいま淡くわたしを横切るなつま先立ちをしてやりすごす

ふとぶとと水を束ねて曳き落とす秋の滝、その青い握力

読み終えて黒い表紙にあてる手のてのひらは読む夜のつづきを

泣くたびに骨格くずれゆく心地くずれてわれは雲になりたし


名前の「静佳」より骨太な歌を詠むし、この連作も京都にいての滝の風景と思うと納得がいく。服部真理子の「水仙論争」のときに服部さんの側から現代的な解釈を展開、論理的な人のように思われる。リズミカルな流れの中に「握力」「骨格」などの熟語(漢語)を設置することのブレーキ的な表現も健在。
選歌の時は少し変わった歌をていねいに読み込むのではないかと今回のN短でも新たな期待をしている。
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