2021/11/26

秀歌(103)鈴木加成太「角川」10首より  秀歌読みましょう

鈴木加成太さんが就職してから何年だろうか、新年会の帰り道で先生が国会図書館に就職が決まった事「かりん」にはいったことなどを話して下さった。私が若手では加成太君が好きと言ったからだったろうか。角川で賞を取る前から学生短歌のなかでも透明感と躍動感のある歌に惹かれていた。その後の事も気になっていたが、お教室も無くなり「角川11月号」で久しぶりに名前をみて嬉しくなった。
コロナの時代、それぞれが変化に戸惑いながら手探りの活動をしているだろうが、加成太君の語彙の透明感には陰りが(深いと言えばいいのか)感じられいつまでも清新の気ではいられないのかと戸惑いも感じた。抜粋してはより分かりにくいと思うが5首を引く

「星の井戸」

冷蔵庫にトマトのスープ冷えて待つこの夏も活字工のしずけさ

地下倉庫の扉を押せば古い闇がガガーリンと音たてて閉まりぬ

冥府にも叱責はあらん愚痴もあらん火の背後ふかき闇焼(く)べながら

バグダード、安住の地! と鳥は言い船乗りシンドバッドは言えり

国棄てる折さえpriority seatsはあるすみれいろの機内食は運ばれ

題名の「星の井戸」は鎌倉十井の一つで長谷にあるらしい。他の歌に出て来る右大臣は頼朝のことか。冥府が出てくるのはこの井戸が冥府とつながっている言い伝えでもあるか、鎌倉の地はかなりめぐったが私は知らなかったので、この十首を読み解くのはとても難しかった。
鎌倉時代の井戸と思うと、そのイメージから遥か中東の戦乱を想像することもそう難くないことかもしれない。すこし時間を掛けてもなかなかに分かりにくいような気もする。
5

2021/11/19

「バス停」みつけた  

コロナが下火になって(私は終わりと暗示をかけているけれど)会社の仕事が忙しくて、「お散歩」というのもしなくなっていたので、日曜に家の近くを主人と紅葉散歩に出かけました。といっても東京のど真ん中、高層ビルの周りの植え込みだけなのですが三井住友海上がグリーン化計画で樹木も増やしているので少し楽しめる場所になっています。
東京の紅葉は12月が盛りなのですが、だんだらに赤黄となる蔦もあり暖かい日には楽しいお散歩となります。以前は23階建てのそのビルだけが周りより高かったのでビル風の被害もあったのですが、この頃は同じ様な高層ビルやマンションが建ったのでビル風も強くなくなった気がします。

日曜の人通りの少ない午前、二人でマスクを外してぶらぶらとビルの反対角まで歩いて、帰り道に曲がろうかと思ったとき信号の向こうに変なバスストップの看板が見えました。男の人がひとりバスを待っている様子なので千代田区の「かざぐるま号」のバス停が増えたのかしらと信号を渡ってみました。近づくと看板のマークも色も違うのです。何だろうと近づきたいけど待っている人がいるし・・・そこへ区とは違う色の紺色のミニバスがやってきて、その腹側に「文京コミュニティーバス」と書いてありました。

文京区は隣の区です。たしかに千代田区との境はすぐそこだし湯島の先は台東区でもあります。男の人が乗って行ったあと、看板の路線図や時刻表を顔を近づけて読んでみたら、本郷からお茶の水経由日大前からでもこの駿河台の停留所でも乗れて坂を上がって聖橋口、湯島天神にもいくのです。地下鉄と違って駅にもぐらず乗れるバスは便利です。しかも一時間に三本も通るのです。今年は間に合わないけれど来年はこれに乗って湯島の菊祭りを見に行けると嬉しくなりました。

菊作りする人それを見る人も今年は楽しい湯島天神   多香子
4

2021/11/12

文部省歌「野菊」  

私が小学生の時に学校で習った歌だと思うが、その後もよく口ずさんだ秋の歌に「野菊」がある。
小田原の祖母の別荘に行っていたのは小学低学年までで、箱根のあたりにかけて秋は薄紫の野菊が咲いていたような記憶があった。そのせいでこの歌が好きだったのではないかと思うのだが、後年鎌倉の家の庭に咲いている同じような野菊を叔母が「箱根の野菊」と教えてくれて、ああと思ったのだ。

「野菊」 作詞:石森延男 下総皖一作曲

1)遠い山から 吹いて来る 小寒い風に ゆれながら
けだかくきよく 匂う花 きれいな野菊 うすむらさきよ

3)霜が降りても まけないで 野原や山に むれて咲き
秋のなごりを おしむ花 あかるい野菊 うすむらさきよ


作詞の石森延男という人は「コタンの口笛」アイヌ文化を描いた児童文学で有名な作家だが、その人の作詞というのも今回分かったことだ。北海道出身のかたなのでこの野菊も北の花のイメージなのかもしれないが、私は北海道に縁がなくて「箱根の野菊」を思うのはそれぞれの受け手の感慨でおもしろいところかもしれない。
鎌倉の家の庭に植えられた箱根の野菊は夏ごろから咲きはじめ花期は長くなかったと思うがきれいな薄い紫色だった。叔母亡きあと手入れされない庭の野菊はどうなったかコロナで出かけないので懐かしむだけだ。
3



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ